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おかあさん
おかあさーん
わたしを産んだ日は
晴れていたと聞きました
満開のサクラ
初夏のような西陽のなかで
汗をかきながら
わたしを産み落としたと。
産院の名前を覚えています ....
かこぉん・・・と靴音
軋む、非常階段
感情を言葉に変えた瞬間から
わたしは
燃えないゴミのように無機質な
存在に変わってしまうのだろう
語りすぎるのは
良くないことだ
見つ ....
せんせいの言いつけ通り
いちにちに三度
色とりどりのくすりを飲んでいます
そのせいか
痩せこけたカラダもふっくりとし
わたしは死ななくなりました
(服用後は車などの運転をし ....
冷たいゆびで
摘まんだ雪は
わずかにかなしい方へと傾斜し
山裾の町は
湖の名前で呼ぶと
青い空の下で黙って
わたしの声を聞いている
凍った坂の途中から
見渡すと
連なる峰の稜 ....
風が
静かになりました
背骨が曲がったまま
切り取られそうな
刃物を持った風が
止みました
世界では
他愛ないことですが
いまのうちに
背筋を伸ばして、
伸ばして
僕のこ ....
冬が背中のうしろまで来ている
今夜の雨は仄かにぬるく
地上のものの体温をすべて奪う雨ではない
むしろ
ささくれ立った地表を磨き
朝が来る前に
つるりとした球体に変えようとしている
古びた ....
ねじを巻くのは
走れなくなったから
アスファルトのざらついた感触が
踵に痛くて
右足と左足の交差が作る
不確定なアルファベットが
読めなくなってからでは遅いのだ
きり、きりり
かつ ....
海より遠い、
安曇野を思う
穂高の山々を
わさび田の清流を
あるいは
ただその空を思う
閉め切った窓の硝子に反射する、
ピアノ曲に誘われ
ふっと解けた封印は
気付けばとっくに ....
眩しい舗道に
蝉、おちた
鳴くのをやめて
飛ぶのをやめて
褐色の羽根に
ちりちりと熱が這い上っても
黙って空を仰ぐ
湿った真昼をまとい
木陰にくっきり分けられた ....
草いきれと湿った地面の匂いがする
(夏だ)
こっそり張られた蜘蛛の巣を
黙って許すことにした
いのち、を
思ったわけではないのだが
今日はこの国や
内包する宇宙にも
とりわけ関心が ....
うすい水の膜を通して
いちにちの過ぎるのを待つ
泳ぐに泳げない、
不器用な蜥蜴の成れの果ては
にんげんに良く似ているらしい
わたしは髪を切る
意地の悪い快感をもって
不運の絡 ....
雨の匂いがする
埃っぽい陽射しの名残りを弔って
闇に隠れ
秘密裏に行われる洗礼は
いつしか
もっと内側まで注がれるはず、
そんなことを
どこか信じている
陰音階の音だけ降らせ
目に見 ....
晴れた日の自転車は
ちりちりと
陽射しが痛くて
風を切ると
明るいシャツに羽虫のシミがぽつり
白や黄色の
果実の予感を湛えた花は
土埃の上で
清しく開き
匂いを放つでもなく
た ....
目覚めのひと呼吸が
かなしかった日は
ふい、と
砂漠に連れて行かれるようだ
そこは盛り上がった砂地/育ちかけたトマト/の/墓標が整列/黄色い花が手向けられている/生ぬるい南風が/背中/ ....
野良猫を叱るために
名前をつけた
せっかく咲いた花の匂いを
ふるびたさかなの骨で
台無しにしたからね
眠れるはずの夜は
色が薄くて
もう愛想が尽きた
昨日歩いた川べりで
....
予報どおりに
夜半から雨
街灯に照らされた水滴の連なりは、
白く
夜の一部をかたちにしてみせる
舗道の片隅ムスカリは
秘密を蓄え
雨に味方する
さわ、わ
さわさわ風に
雨糸揺れて
....
晴れて
水平線のまるみが遠い
海岸通りに迫る波は
テトラポッドに砕かれて
泡ばかりたてている
その水は
まだ冷たかろ
けれど青、
翡翠いろならば
思わず爪先で冒したくなる
散らばっ ....
むしろ、さくらではなく
今朝の濁った空色が
薄灰色の風となって
じんわり染みこんでくるのを
わたしは待っているようだ
三寒四温の春は寡黙に地を這って
あたらしい芽吹きを迫る
枯れ枝に ....
沈丁花の、
高音域の匂いがした
夜半から降り出した雨に
気づくものはなく
ひたひたと地面に染み
羊水となって桜を産む
きっと
そこには寂しい幽霊がいる
咲いてしまっ ....
白梅も微睡む夜明けに
あなたしか呼ばない呼びかたの、
わたしの名前が
幾度も鼓膜を揺さぶる
それは
何処か黄昏色を、
かなしみの予感を引き寄せるようで
嗚咽が止まらず
あなた、との ....
オリオンが
その名前を残して隠れ
朝は針のような空気で
小鳥の声を迎えうつ
わたしは
昨日と今日の境目にいるらしく
まだ影が無い
太古より繰り返す冬の日
あたたかい巣箱から
掴み ....
「きちんとたべないとつよくなれないよ」
そう言われて
幼かったわたしは
他ならぬポパイに憧れ
うっすら残る灰汁のえぐみに耐えながら
ホウレンソウを頬張った
ホウレンソウのお浸し
....
咳がふたつ
階段を上ってきた
夜の真ん中で
ぽつり
行き場を失ったそれは
猫の眠りさえ奪わず
突き当たった扉の
その向こうで
遠慮がちに消えていく
八十年余りを働いた生命 ....
狭いベランダで
室外機に挟まれ
見上げる空は
今日も薄灰色
夏のあいだ、
日除けに育てた苦瓜が
絡んでいたネット
くもの巣のかよわさで
ふぅわ
ふぅわ
揺れているのか
しがみ ....
裸足で海を確かめた後、
砂混じりに泡立つ波が残す
束の間の羊膜は
秋の曖昧な陽射しと融合して
反転の空を
この地表に造り、
(黒く濡れた浜辺は秘密裏に水鏡)
空を歩く、という我儘を赦して ....
渚のざわめきは
ナトリウム灯のオレンジに溶けて消え
九月の海が
わたしの名を呼んだ
絹を広げたように
滑らかな水面が
夜の底へと続くしろい道を見せる
爪先からそっと水を侵すと
....
夏の余した最後の赤で
サルビアが燃える
風が湿気を掃い
柿の実がひっそりと
みどりの果実を隠していても
項を焦がす陽射しや
散水栓の向こうに出来る虹
そういう夏の名残りに守られて ....
あの日の高い空と
りんどうの青むらさきを覚えている
明日からのひとりを
蜜のような孤独だと
わたしは微笑んでいたと思う
傍らの古いラジオが
虫の声のように囁き
夏色を少しずつ ....
細い金属質の陽射しが
容赦なく肩に、腕に、
きりきりと刺さって
サンダルの真下に濃い影が宿る
忘れかけた思い出は
向日葵の未成熟な種子に包まれ
あの夏
深く青かった空は
年 ....
真っ白い日向を
ひとひらの
アオスジアゲハが舞う
それは飛ぶ、というより
風に弄ばれ抗うようで
わたしの傍らを掠めたとき
小さく悲鳴が聞こえた
真夏を彩るカンナの朱や
豆の葉の ....
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