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それは
ほんの気まぐれ
『贋作 手袋を買いに』
真夜中に差し込んだ月光を
唇ですくって
指編みし
小さな誰かに合う
手袋を編んだ
私の指は
夜霧の摩擦に赤 ....
夫は
生まれてこのかた
一度も眠ったことのない人でした
『暖かい黒水晶』
苦痛や肉体疲労はありません
ただ
眠れないのです
疲れていても
安らかであ ....
八月十五日になると
毎年訪れる浜辺があって
太平洋に面したそこへ
母を連れていくのが
夏の慣例だった
『砂上の手紙』
空襲で
顔面に火傷を負った母は
ひどい弱視で
....
台風一過の夕焼けには
いつだって
涙を浮かべて
手を振ってしまう
『台風のクジラ』
僕は台風の前日には
落ち着かない子供だった
ずんずんと迫ってくる
雲の足音や ....
鳳仙花
揺れる
『鳳仙花』
右目の古傷を開かれた
ぷつぷつ と
肉の裂ける音と共に
かさぶたを剥がされ
瞼の底へ
彼の残した右目が
入り込んだ
....
いっそ
この身も
空に焼かれてしまえば善いのに
『夜光雲の{ルビ翅=はね}』
こう毎日毎日暑いと
夜明けの空には
夜光雲が
欠かすこと無く空を彩るのです
....
木蓮の花は
{ルビ宇宙=そら}を見上げる
『木蓮の咲く丘で』
花木好きの彼は
木蓮の花が一番好きで
白く甘い芳香が
中途半端にひらいた花びらから立ち上るのを
まる ....
一度で良いから
真珠の館に住んでみたい
というのは
我が家の小さな家蜘蛛が
梅雨時になると決まって呟く言葉だ
『真珠の館』
漂白された空から降ってくる雨粒は
....
滴る血潮からは
羽を持つ馬と
赤い花が生まれた
『母の日のメデューサ』
母にとって
父の面影を落とす私は
恐怖の塊でした
父が何をしたのか
母がどんな目 ....
あの女房殿は
鶴なんかじゃ無かったのですよ
『夕鶴異聞』
そうですね
去年の秋からだったですかね
巷で有名な
『鶴女房』が来たのは
ええ
見事な反物でございましたよ ....
空は
地球を抱き込み
星の光を反射して
きらきら輝く
長い美しい髪を持っていました
『恋する空の髪』
宇宙風にあおられて
空の髪が凪ぐと
地上からはハケではいたような
....
{引用=
久方の (日の光がのどかな春の日だ)
光のどけき春の日に (それなのにどうして桜は忙しく散っていくのだろう)
静心なく ....
綻びをつくろうために
いつも
針と糸を持ち歩いている
『影縫い』
性分なのか
ほつれた影を見ると
どうにも放っておけない
影の形は
人によって様々だ
明るく快 ....
この街が奇病に犯され始めたのは
冬が明ける前だった
『蒸発王』
最初の目撃は
髪の毛だったらしいが
全ての症状は同じだった
蒸発する
感 ....
私の右目には
鹿の眼球が入っている
『{ルビ瑪瑙=めのう}の牡鹿』
父は猟師だった
山里は畑もあるけど
狩猟も盛んで
私の父も
例にもれず鉛玉を放っていた ....
帰省の列車の中で
こんな夢を見た
『蜻蛉の夢』
満月の夜
月下美人のつぼみの下で
細身の女性が横たわっている
彼女の肌は
食べ物が喉を通ったら
透けてしまうくら ....
こんばんは
良い夜です
『メメント・モリ』
何時頃からか
死にたい気分になると
身体中から
黒い霧が立ち上るのが見えました
霧は
冷たく
緩やかで ....
雨の日に嫁入りした
嫁ぐことの条件は
髪を切ることだった
『暁の魔王の花嫁』
髪は
『神』に繋がるから
あの人は其れを嫌った
逆に
嫁いでからは
....
人間の骨が
画材に使われる様になって久しい
『心臓の一番近くで』
熱を通さずに
生肉を介して
摂取した骨を
分解しやすくなるように加工して
スズリで水に溶くと
白濁とし ....
最近の紙ってのは
紙じゃないね
ケント紙だとかルーズリーフだとか
下らない
にじまない紙の何処が紙だというんだ
紙はね
にじんでこそ紙の価値が問われるのさ
とく ....
我が家には
幼馴染の家蜘蛛がいる
子供の頃から一緒なので
年齢は私よりも年上なのだろうが
1.5cmの小さな蜘蛛だ
気が向けば晩酌くらいはする
私と蜘蛛はそんな仲だ
『夜雪酒』
....
それでも止めないのは
あの一言のおかげだと思っている
『最期の写真家』
気付いたのは
老夫婦の写真を撮った時だった
仲の良い夫婦で
金婚式の記念にと
シャッターを ....
{ルビ梔子=くちなし}の満開の下へは
決して近寄ってはいけない
『クチナシの木の満開の下』
子が出来ぬ
という理由で離縁された女は
梔子の花しか食べられなくなった ....
貴方ともう一度だけ
最後に
ワルツを
『最後にワルツを』
教師生活で
一番長く努めた
其の学校の廃校が決まったのは
年の瀬を過ぎてすぐだった
....
我が家にはじいやがいる
じいやの名前は長谷川という
『長谷川のこと』
長谷川は今年で82になる
大正の殆ど終わりに産まれて
人生の殆どは昭和に飲み込まれ
青春の殆どを戦争に ....
旅先で
必ず訪れる旅館があって
其の庭には
花をつけない
見事な桜が佇んでいた
花をつけないのは
私のせいなんですよ
と
其処の女将は笑う
彼女は ....
【椿】
花嫁の紅を着飾って
貴方を待っているのです
この純潔が叶わぬならば
首を落として
夢に果てましょう
【水仙】
明後日の方向を見ているのは
白いうなじを見せるため ....
溶けゆく闇に 身をうずめ
骨の芯から 温まる
夢か現か 幻か
何処の誰かの 子守唄
今日は今日の お疲れを
明日は明日の お疲れを
....