父がいなくなり
4回目の朝が来た。
冷たい空気の中
花瓶に活けたばかりの花に水滴が見え始めれば
荒れた手の甲の傷が
ほんの少しだけ痛くなった。
暖かな部屋に行こうとしても
目を閉 ....
あなたはいわゆる超能力者なのですか?
と聞かれました。
わたしはそれにうまく答えることができませんでした。
やわらかい否定も不確かな肯定もしたところで、
ただの時間稼ぎにしかならないと思ってい ....
天狗の一人がやってきて
おまえの家の姿見を貸せと言ってくる
家に姿見など持ってはいないので
そんなものはないよ、と告げると
天狗は怪訝な顔をしている
家に姿見がないなんて嘘だろう
おれが天 ....
さようなら あなた
私たちの住む家は
もうまもなく淡い春の陽に消えて
光る水面の陰にあの佇まいだけを残してしまうのです
さようなら あなた
胸が絞られるようでした あなたを見つめて
狭 ....
うつぶせの 街は夜
わたしはとけて
中指のつめだけが
床にのこった
そのうちに春が来て
夢がながれる
ここにいた爪は
むかし 女のかたちをした
生き物だったと
卒寿となって 卒寿を越すと
どうして 翳が浮き揚がるのだろう
喋ることにも 聞き入ることにも
何もみるな 何も想うな
弱気の愚痴も 吐きだすな
強気の言い訳も すべきぢゃない
冷 ....
わたしのなかから
遠い声がする
ふるさとよりも
遠いところから
その声にさそわれて
わたしはどこかへ
帰りたくなる
子供の姿に戻って
犬の姿に戻って
蝶の姿に戻って
そ ....
満月が輝く夜は
部屋で大人しくしていなければならない
耳を尖らせ
爪を立てて
牙を向いて
尻尾をしならせて
四つん這いになって
唸り声をあげて
雄叫びを轟かす
風よりも速 ....
夜明けに渦まく陽の前に
同じ大きさの樹が被り
風 振動 目覚めるもの
散る葉を鳥に変えてゆく
白いまわり径を
囲むみどり
水の音 鈴の音
冷たい警笛
空 ....
白いホールケーキのような町に
シャベルで切れ目を入れたとしても
真新しい粉が空から降って
思い出を挟む間もなく積もる
傘も差せずに動いているなら
髪を白く染めてゆく雪の精
何十年も先の ....
灰色の冷気が 幸福な耳翼を 切る
白い救急車が 愁いを 告げて 突っ走る
わが家の黒い柱が ひび割れを 見せる
街はずれの 冬の田んぼに
....
○○小学校入学式と書いた看板のよこで、
母とふたりでうつった写真はだれが撮ったのだろう。
小学校御用達の写真屋さん以外考えられない。
無伴奏チェロ組曲第1番をひくときまってこの写真を ....
君と話すのはいつだって楽しい。
図書室のなかで、校庭のすみで、僕らはたくさん話をした。
君は僕の疑問へ無理に答えを与えたりはしない。
君は、分からないということを風に揺れる風鈴のように愛している ....
根本から抜きとるコトは不可能
地下系が発達している
アカカタバミのように 繋がって仲良く出て来てはくれない
血止め草みたいに 可愛らしい苔を いじめぬきは しない
茎の隙間から ミ ....
君と僕
孤独に震えるクローゼット
明けはなして見ている朝日の階段のむこうは
夜で
夜って言ったら目を閉じるゲーム
サイコロ転がして3マスすすんだ先で転ぶゲーム
うつぶせで動かない君を
....
それから空は夏雲湧き立ち、風は川を越えて丘を越えて、それから線路を越えて団地を越えて、それからあの家の窓を抜けて、あの白い壁の部屋をぐるりと回る。部屋には檻があって虎がいて、虎は檻の中で待っている。誰 ....
魚は形を失った
こっそり棚から取ろうと背伸びした
幼子の小さな掌から
するりと逃げ出したのだ
{ルビ釉薬=ゆうやく}で青みを帯びて
濡れたような
しなやかな生の動態を
無言で秘めて微動だ ....
悪左衛門の誕生を待つこと
それは誰も避けられぬ責務である
部屋の四方は障子で堅く閉ざされている
芋之助もそれを強いて開けようとはしない
薄ぼんやりした光が室内に差し込み
時折、障子に異形 ....
クリスマス イブに降る
乾いた粉雪のなか、
折られた翼を引きずった天使が、
私の街を歩いている。
悲しみをおし殺しているんだろう、
けっして俯かない頰にあたる風に
ピクピクと泣き黒子のあ ....
夜は来て
わたしたちは眠った
愛と またべつの愛とのへだたりや
手が届きそうな不幸
甘いざわめきと
ぺかぺかの看板
星の位置がちがう、
と起き出した
あなたの
頬が氷 ....
忘れていたことを
ある日ぽっかりと思い出す
潮が引いた砂地で
貝が静かに息をしているでしょう
見ればそこかしこで
生きていることを伝える
そんな穴が開き始めて
私の足裏とつながる
....
月明りに照らされて
山によじのぼって行く人達
小さな粒はきらきら光り暗闇に吸い込まれていく
私も地面をしっかりとつかんで
山と月に包まれて
きらきらとした星々のような一瞬の
喜びと悲しみを ....
おかあさん、と呼んでも消え入りそうな
真っ暗な林のなかにいる。お母さん、あ
なたが撫でた頬のぬくもりが、白い月の
輪郭をなぞっていく。あなたのもとへ帰
りたいと願っても、月の光を頼っても、
....
今年も父は
庭木と柵を電飾で繋いで
「おい、点灯式をするから見ててくれ」と言う
仏壇前の灯籠を片付けてミニツリーに替え
母の好きなシュゼットでケーキを予約して
シャネルのバッグを押し ....
死んだ君の姿を絶対に見たくないし
死んだ僕の姿を絶対に見せたくない
神に定められた運命ではなく
二人の意思で
同時に
自殺したいと
思っている
それは
まだ先の未来だけど
必ず訪 ....
墓所
朝な夕な花を捧げる、
深紅の薔薇ではなく、
白い百合を。
ただひとつだけ、
海に背を向けたその墓。
没年は百年前かあるいは二百年前か、
墓石の文字は薄れて読めない。
....
佇んでいる。
びたりとも動かない水だ。
この夏、そんな水を見た。
早朝、いつものように堤防道路をのったりと散歩している時だった。ぼくは、不意に気づいたのだ。音がしない! いつもの音がしな ....
異教の里で出会ったのは魂の遍歴だった。
彼や彼女が生まれ、死に、そして生まれた。
前世の記憶が正しければ、私はハーブ売りで彼女はほんの少女だった。
そして二人でいびつな小窓から覗いた ....
森はたえず拡がり続けているのでした 私と兄は手に手を取ってその森を歩くの
でしたが出口を探すことはとうに諦めているのでした(二人の目は 暗い)鳥が
啼くと言ってはそちらへ 風が花の香りをと言っては ....
落ちていくものを拾おうとすると
指からすり抜けていく苔のような
ぬるりとしたものを掴むような感
覚が視界の奥底にある誰もが知っ
ていてまだ見たことのない小 ....
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