古い写真のおじさんは
口をへの字に曲げて
堂々と背筋を伸ばす。
綺麗に整えた軍服の襟元は
これから死に行く運命でさえも
「私の誇りだ。」と
言っているかのようだ。
行ってらっしゃ ....
田舎町の空を明るく灯す
年に一度の花火大会。
いつもは走り回る校庭に
ビニールシートを広げて
父が買ってきた焼きそばとタコ焼きを食べながら
南の空を見上げる。
ドーン、と響く地鳴り ....
言いたいことも言えぬまま
蓋を閉じた父の棺。
最後に触れた手に一輪の花を握らせて
また会いましょうね。と
母は呼びかけた。
悲しみの中
いつもと変わらぬリズムで時刻を告げる
柱時 ....
掃除をしたはずの離れは
埃臭くて何処と無く汚い。
段ボール箱を破いて
いくつかのゴミ袋に詰め込んでは見てみたが
こまめに捨てなさい。と呆れる
父のお叱りが聞こえた気がして
久しぶりに開 ....
靴を鳴らして歩く田んぼの畦道
やんちゃに暴れる子犬のリードを父が必死に手繰り寄せる
寒さに負けまいと白い息を吐いて私は走り出す
気づくと遥か後ろで手を振る父が私を呼んでいた。
遠くに見える ....
捨てしまったはずの着せ替え人形。
何故だか会いたくなって
押入れと物置の中を探し回る。
埃まみれの一斗缶
蓋を開けてみれば
無くした筈の人形の靴
綺麗なままのワイングラスの横に
ちょ ....
父と食べた大トロの刺身が
真夏のトマトよりも美味かった。
春先の清水港
少し冷たい潮風が
ドライブ休憩中の身体を包んで心地よい。
初めて見る厚く切り分けた大トロの刺身は
一口二口と切り ....
高田馬場駅から徒歩10分
父の居たオフィスは今でもそこにある。
建物を眺めて
私は買ったばかりの眼鏡を太陽にかざす。
二つのレンズは太陽の光りをいっぱい集めて
私の全身に降り注いだ。
....
娘に触れられて
少しだけ水に戻る手の甲の霜。
寒い部屋の中では一瞬で元に戻り
組まれた父の手を冷たくした。
父はもう人では無い。
今朝水揚げされた魚河岸の魚のように
足を縛られ逆さづり ....
思い出したくない。と
思考を捨てた。
声が思い出せない・良い出来事が思い出せない
いなくなったことが悲しいから
思い出すことを辞めたい。と
最初から居ないと思い込むようになった。
「お ....
雨の降る朝
赤い長靴をそろえた玄関に
少し履き潰した黒い革靴。
傘の手入れをする父は今から一人
単身赴任先の東京へと向かう。
靴を履き襟を正す
背広姿の父の横には
母の握ったおに ....
父の手の中に
半分に割った焼きたてのさつまいも。
口に入れて噛み砕けば
優しい甘みが空腹のお腹と
迷子で泣きつかれた心を
しっかりと抱きしめる。
ほくほくのさつまいもは
口の中で ....
迎えに来た父の手を引いて
私は休日のショッピングモールへと直行する。
グーッと鳴る空腹のお腹
小さな手は大きな手を離さない。
はぐれてしまうのが怖かったせいなのか
私は父の手をぎゅーっ。 ....
褒められた事が今になって
子供の頃に描いた似顔絵から出てくる。
不恰好に歪んだ眼鏡と
右と左で大きさが違う目。
一生懸命かきました。
と6月18日・お父さんありがとう。
の横に書か ....
父が育てたジャガイモをふかして食べた。
潰したジャガイモに
マヨネーズとハムを混ぜ込んで。
腹が膨れて横になっていたら
父が畑から帰ってきた。
シャワーを浴びた後
気持ちよさそうに頭を ....
最後に流した涙のような
光る透明のしずく。
掌で弾けとび
残した思い出を身体の中へと埋め込んでいった。
真横を見れば
綺麗に咲くあなたの愛した花。
春一番に吹かれても
しっかりと花び ....
祖母の横顔を眺めて
かきもちを一つ頬張った。
今年もまた無事に誕生日を迎えることが出来て
もうすぐお迎えが来る。と足を擦り
時々小声でつぶやく祖母を思い出しながら
私は祖父の遺影に
感 ....
縁側の机は
祖母の為にひと時のやすらぎを作り出す。
孫と語らうお茶の時間。
本を読みながら転寝をする
晴天の昼下がり。
一日が無事に終わりました。と
マッサージをして迎える夜半
....
話がしたい、話を聞いてもらいたい、と思ったら
泣きたくなった。
今は一個のどら焼きを
一人で食べている。
分ける人が居ない
半分のどら焼き。
間違えて淹れそうになったお茶に気が付いて
....
話したことは何一つ思い出せない。
まだ暖かな手を握っていた。
力の抜けた足を擦っていた。
家にたどり着いた後無心のまま
言われた事だけをこなし続けている。
「名前を、呼んでいるよ。」
....
父の茹でた蕎麦
玉葱と豚こま入りの暖かいつゆに浸せば
いつもより沢山胃袋に流れ込む。
つるつると
眼下を流れる釜無川のように。
父の作った黄色いカレー
ソースをかければ
いつもより滑 ....
後部座席から見えるのは
太陽に反射をする朝の海。
波止場に着く船のエンジン音が
微かに聞こえてくる。
テーブルに並べた分厚い刺身の大皿と
大きな金目鯛の煮付け。
山梨で食べるものより美 ....
愛する人の死は
見えなかった物を見せてくれる。
私は後
何十年も生きてゆかねばならぬのだ。
時には一人になって
考え行動しなければならないのだ。
一人暮らしという名の孤独
一人が ....
まっすぐに見つめたレンズ越し
君はもしかして気付いていたのかな?
少しだけ見つめ合って視線を逸らした夏の夜
小さな欠片ほどでも良いから覚えていて欲しかったと
心の片隅に置いたまま。
....
父の匂いがした。
押入れから出てきた赤いニット帽
洗濯をしないで忘れられたまま
今はもう居ない持ち主の匂いを残していた。
「ただいま。帰ってきたよ。」
見えない姿と引き換えに現れ ....
作りたての甘酒が美味しくて
ふうふう。しながら夢中で飲んだ冬休み。
早くおかわりがしたくて
ようやく席に着いた父に
「もう一杯ちょうだい。」と
私はねだる。
少し困ったような父の顔 ....
父との思い出は
手元の写真よりも鮮やかに
私の脳内でアルバムの1ページをめくる。
三回忌と言う名の一区切り
悲しい/寂しいと呼ぶ感情を
前よりも薄めてゆくために。
葬儀の日と同じ白 ....
痛む足を引きずって
遠くの街からやってくる孫娘の手助けを支えに
お茶とお菓子を出す齢88の祖母の姿は
台座に座り穏やかに微笑む仏様よりも尊い。
二人で並び茶をすすり
縁側で転寝をする秋の ....
玄関に立てかけた杖はじっと待っている。
亡き主が現れて
大きな手で磨いた柄を握り
ゆっくりと茶色の引き戸を開けるのを。
少し強い日差しは軒先を暖めて
二匹の猫が主の椅子の上で
....
肌寒い空気の中
白い息を吐いて子供が一人
駆け足で通り過ぎた。
幼い頃
父と犬を連れて歩いた
林の中の参道。
鳥の鳴き声と風の音が混じり合い
どこかに連れ去られるような怖さを覚え ....
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