もう何も語ることのない
骨壷に納まった君の前に
坐って両手を合わせた翌日
通勤電車に腰かけた
僕の傍らのリュックには
三年前に君がくれた
紐で結んだ紙を束ねた
自作の詩集 ....
六月の空から降りしきる
無数の梅雨のうたごえに
色づいてゆく青の紫陽花
八月の日照りに
干乾びた姿晒す
{ルビ木乃伊=みいら}の紫陽花
「生 ....
春雨の降る夕暮れ時に
私は傘も差さずに
飲み屋の前で
酔っ払った学生達の
笑い声を背後に
高田馬場駅への道を行く
吉野家の入り口に
貼られたポスターは
先日婚約発表をし ....
( 今宵も高田馬場に
( {ルビ詩=うた}を奏でる風が吹く・・・
鉄腕アトムのメロディーが
少年の夢のように
駅のホームに流れると
何処か遠くの山々で
満開の桜の幹に隠 ....
東口を出た歩道橋に
一人立つ
目の見えない
フルート吹きの奏でる
あめーじんぐぐれいすの
音色を前に
手押し車の老婆は通りすぎ
土産袋を持ったサラリーマンは通りすぎ
....
春雨の降る午後
私は一人傘を差し
無数の蕾が開き始める
桜並木の道を往く
三っつ目の信号を曲がり
学校に沿う坂を下ると
傘を差す
君の母が立っており
喪服の私は頭を ....
「自分をよく見てほしい」
というふうな
ふんぞり返ったこころ
「自分は駄目な奴だ・・・」
というふうな
しょげかえったこころ
ふたりの自分の間で
あるがまんまに立っ ....
ある雪の日に手紙を出しに外へ出て
すべって転んで骨を折ったヨシ子さん
ケアマネージャーが入院先へ
見舞いに行ったら泣きべそで
「アタシ馬鹿よね、おほほほほ・・・」
折れた骨がく ....
幾十年も働くということが
途方もなく長い道のりに思え
僕はひとまず荷物を降ろし
ありきたりないつもの道を外れ
目の前に広がる
今日という日の草原を
無心で走ろうと思った
....
なぜ僕は今日も
この手で重たい門を
開けるのだろう?
なぜ昨夜の雨のどしゃ降りにも
水溜りはいくつもの楽しげな波紋を
広げたのだろう?
なぜ春を待つ空は
あんなにも ....
主任のおばちゃんが
残業時間につくる勤務表と
にらめっこしながら
(あの人の性格はああだから・・・)
(この人の性格はああだから・・・)
と頭を抱えていた
なにができるでも ....
休日の昼過ぎ
先月から通い始めた
自動車学校へゆくと
校内のすべての車は停車して
教習コースの道に並ぶ
紺ブレザーの教官たちが
にこやかにキャッチボールをしていた
長 ....
「 はい 」
穴だらけのわたしはもう
この一言があればいい
今まで
たった二文字が言えず
眉を{ルビ顰=しか}め、頭ばかりで
あなたとわたしの「正しさ」を
{ル ....
一人のひとの
こころに宿る
一つの宇宙
銀河の塵を何処までも
深く掻き分け泳いだ場所の
無明の闇の広がりに
ぽつんと一人
ひかりの人が
仏の姿で坐っている
....
サングラスをかけた
全盲のおじさんが
若者のリュックにつかまり
地下道に入っていった
ポケットに手を入れて
道に佇むぼくの
目線の先に遠のいてゆく
ふたりの背中
....
{引用=わたしはすでに
わたしそのもの}
自ら望み
生まれてきたわけでもなく
自ら選んだ
両親と国と時代でもなく
窓辺に置かれた鉢の
枝葉を広げた小木のように ....
喫茶店の席を立ち
ふと足元を見下ろす
椅子と椅子の隙間の床に
鈍くひかる百円玉が
恨めしそうにぼくを見ていた
世界はいつも
ぼくになにかを
云っている
....
はらを空かせたわたしに
どこか似ている
ひもじい声で細々となく
小さい虫
草の茂みから
一匹
ぴょんと跳び出した
こんなわたしでも
まだ跳べるような
気がした ....
この世が
何処まで歩いても追いつかない
見果てぬ場所への旅路なら
仕事の後の
誰も来ない秘密の部屋で
わたしは横たわり
時々現れる
「夢のドア」に入る
足を踏み ....
鏡に映る
ふぬけた{ルビ面=つら}が
自分だと気づいた日
自らの顔を
つくりなおしたい
と思った
( 生きること
( そのものが、
( たった一つの答だよ・・・
....
毎日働いてると
なかには
いろんなボールを
投げてくる人もいる
前のぼくなら
しかめっ面で
乱れ飛ぶボールをそのままに
取ろうともしなかった
これからのぼくは ....
最近夜になるといつも
何処からか聞こえてくる
密かなピアノの旋律に
耳をすます
モーツァルトの指は今夜も
鍵盤の上を滑らかに踊る
自分という役を演じることが
ことの ....
終電近い電車を降りて
人もまばらなさびしい道を
今日一日の労働の
汚れた作業着つめこんだ
きんちゃく袋をぶら下げて
今夜もおいらは{ルビ闊歩=かっぽ}する!
思い出すのは ....
わたしの影は揺れながら
誰も知らない夜道を歩く
永遠に追いつかない
「 一人前 」に向かって
「きず・凹みなおします」
横文字の流れる電光掲示板を
仕事帰りの夜道で通りすぎる
明日も世界中のあちらこちらで
数え切れない凹んだハートの人々が
朝陽とともに起き上がり
そ ....
目の前を通りすぎた車の
マフラーから昇った煙が
ふわりと散って消えた
道路をわたるぼくも
人生という夢を通りすぎる
ひとりの煙にすぎない
新宿駅のホームで
母親が呼んだ駅員は
先っぽがクワ型の棒で
線路から何かをつまみあげた
猫の死体か何か?と
恐れおののき見ていたが
つまみあげたのは
桜色の靴だった
....
もう何がほしいというでもなく
この手を伸ばしたところで
ただ風の音が吹き過ぎるばかりです
( 飢えた狼の輪郭は透けて・・・ )
「ここは、なんにもない場所です」
そう呟いて落とし ....
とぼけてしまった
お風呂上りのもーり爺さんを
いたずら好きなNさんが抱きかかえ
こころやさしいIさんがオムツをあて
ぼ〜っとしてるぼくが後ろから車椅子を入れる
車椅子に腰を下ろし ....
喫茶店で読む
本を閉じて
顔を上げると
昨日の散歩中
ふたり並んで覗く
川の水面の鴨達に
袋から餌を蒔いていた
夫と車椅子の妻が
僕の前の席に座り
テーブルに置か ....
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