旅先の緑の山に囲まれた
川のほとりの砂浜で
独り石に腰かけていた
これからの日々で
立ちはだかる壁を思う
鉛の心が重かった
空に燃える正午の陽を浴びながら
激しい川の ....
手にした本の
次章に開く一頁は
思いの他に重い
一枚の紙であった
「見知らぬ作家」の
手にした筆が
開いた頁の余白に描く
自らのあらすじを
誰も知らない
この胸からすぐに薄れる
「決意」の文字を
もう一度
彫刻刀で、私は彫る。
自叙伝の{ルビ頁=ページ}が
いつまでも捲れない
薄っぺらな冊子にならぬよう
一冊の本を開 ....
「卵」という文字が
何故か哀しく歪んだ
誰かの顔に見える
「卵」という文字が
何故か背中合わせに俯く
ふたりの人に見える
「卵」という文字が
何故かずっと倒れずに ....
昨夜は母ちゃんが
皿洗いを終えた後
ストレスから来る腹痛で
じっと座り込んでいた
今夜は親父が
夜勤警備で老体に鞭打ち
今頃懐中電灯を手に
役所の廊下を照らしてる
....
0時過ぎの残業を終えた
更衣室のロッカーに
凭れて座る栄養士
青白い顔と体をつらぬいて
うっすらと立つ
ひとすじの葱
「ひでぶ!あべし!あちゃちゃちゃちゃあ!」
歌舞伎町のライブハウスで
登場した幕間詩人の
雄叫びを聞いた翌日
職場への道を歩いていると
古びた赤いポストの下に
「北斗の ....
赤信号になったので
立ち止まり
振り返って戻った壁に
額をあてる
腐った蜜柑になっていた
昨日の自分の嘆きを
冷えた壁は吸いこんで
振り向くと
信号は青になり ....
世界は卵の内にある
遥かましろい天上に
緑のひとが出口へ駆ける
「非常口」の表示はあり
いつかあそこに罅が入り
殻の割れる終わりの日まで
人々は{ルビ永遠=とわ}を知らず ....
女の墓は
只無言に土を塞ぎ
幻の日々はすでに
墓石の下に葬られ
男は墓に
只うな垂れて
生きた屍の心の闇に
灰の雪は降り積もり
雲の流れる
空から落ちてくる ....
車に跳ねられ
長時間の手術を終えた後
息子が横たわるベッドの傍らで
涙を堪えながら母は
布団の脇にこぼれた手を
握りしめる
消灯時間を過ぎた夜更けにも
闘いの後の休息に瞳 ....
ある友は
繰り返し押し寄せる
夜の暗闇に闘い疲れ果て
自らの命を絶った
ある友は
不条理な世の濁流に流され
無情な職場から
解雇通告を受けた
ある友は
老い ....
アスファルトの上に
放置された猫の遺体を
夏の陽射しが腐らせる
数百年昔
同じ場所で戦があり
斬られた鎌倉武士の遺体は
掘られた土の穴に埋められた
やがて季節は巡り ....
地上を覆う
夜の帳の重さを
老木の林が支えている
土深く
張り巡らせた
無数の根足を踏ん張りながら
夕闇に黒く浮き立つ
老木達をじっとみつめる
君の体から放たれ ....
わたしの心と体というふたつは
風の息吹に包まれながら
透けた紐に結ばれたひとつです
体が体のみならば
わたしは只の人形です
心が心のみならば
わたしは只の霊魂です
....
休診日の歯科の
窓を覗いた暗がりに
健康的な白い歯の模型が一つ
短い四本足で立っている
昨夜は歯を磨き忘れ
( 夢を見よう・・・ )と
くたびれたまま眠りについた
寂 ....
今日も私は甲板に立ち
{ルビ何処=いずこ}の空か知らぬまま
一面の海を眺める旅人
手にした杯から
見下ろす海のさざめきへ
ひとすじの{ルビ葡萄=ぶどう}酒 ....
駅前の信号待ちで
電柱に取り付けられた
盲人用信号
杖を持つ白抜きの人の絵
その下の赤いボタンを
無性に押したくなる
{引用=目を開いても盲目 ....
三十年の間
一つ屋根の下ですごした
八十八の祖母が
悪性腫瘍と知ってから
街を歩いて目に映る
すべての人が
やがては空に吸い上げられる
幻の雫に見える
曇り空の果 ....
夜道の散歩で見上げた空の
無数に瞬く星々は
億光年の遥かな場所で
すでに姿を消している
夜道の散歩で見上げた空の
瞬く星が幻ならば
日々の暮らしの傍らにいる
あなたもす ....
老人ホームで
19年間すごした
Eさんが天に召された
すべての管を抜いて
白いベールを被る
安らかな寝顔の傍らで
両手を合わせた日
帰り道に寄ったマクドナルドで
....
ひとりの人が年老いて
深夜の廊下を
手すりづたいに便所へ歩く
開いたドアの隙間から
漏れる音
しゃ〜
ぶ〜
誰もが生まれた時から
そんなに変わること ....
遠い空の下
母親の姉は幼い娘と手をつなぎ
初めて小学校の門に入った日
職場で交わした
十年目の契約で
ようやく正職員になった日
朗報を伝えようと
玄関を開いた家は ....
夜空をみつめて
歩いていたら
遠くの星が瞬いた
{引用=孤独でもいいじゃないか・・・
きみのいる青い{ルビ惑星=ほし}も
ここからみれば
宇宙に ぽつん と浮 ....
○さんも
△さんも
□さんも
毎日々々お互いの
足りないところを
ああだこうだ言いながら
日々の暦は止まらずに
捲れ続ける
人の文句を言うことを
もし「いけない ....
糖尿持ちの母ちゃんが
昔より疲れやすくなり
今迄ほったらかしていた
使った皿や洗濯物を
最近僕が洗いはじめた
ベランダに出て
竿に作業着を干す
日々の疲れに
湿った心 ....
交差点の信号待ちで
ふと見下ろす足元
踏まれた煙草と
俯く僕の影
同じ姿勢で向きあい
おじぎしている
左手は吊り革の手錠に繋り
右手は携帯電話のボタンを押し
小さい画面をみつめる瞳は
今日も幻の出口を探す
仕事から帰り
洗面台でうがいをする
ぶく ぶく ぺぇ
ぶく ぶく ぺぇ
まっしろな洗面台の
お湯と水のつまみは
少し飛び出た両目で
真中のましろい底に
丸い口を空けたま ....
% の記号を書いて
○ で囲ったら
少し首を傾げた
{ルビ埴輪=はにわ}の顔になった
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