エスカレーターに立ちながら
トランクを降ろし
文庫本を開いていた
上がり終える
一歩手前に
あっ
と焦って{ルビ躓=つまず}きそうな
こころを鎮めたら
....
夕暮れの歩道橋から
今日も街ゆく人々を、眺める。
一人として同じ顔はないけれど
無数につらなる足音に耳を澄ませば
ぼんやりと
誰もがのっぺらぼうの
丸い顔に見え ....
人はいつか皆
炎の内に燃える
黒い影となり
溶け去る
異国の川の畔で
数時間前に
細い息を吐いていた老婆が
白い骨になった時
彼の脳裏に何故か
旅立ちの日 ....
公園の陽だまりで
走って遊ぶ子供等の
胸の辺りに 空 がある
花壇から
それを眺める花々の
花弁の奥にも 空 がある
無心に遊ぶ子供等の
無垢な笑顔の瞳の奥に
....
あの夜空に瞬く星は
僕が生まれるより
遥かな昔に、消えている
幾十億光年の{ルビ宇宙=そら}を渡り
あの星が
地上の僕に呼びかけるなら
すでにこの世を去った人の
あ ....
(大人になった)と思う時
すでに楽園は、消えています
幼子のこころそのもので
世界に瞳を開く時
この胸はいのちの歓びに高鳴り
すでに楽園に、入っています
( 知恵の赤い ....
駅のホームから
見上げた丘の絶壁に
ひとりの{ルビ向日葵=ひまわり}はまっすぐに立ち
遠くから僕へ
小さい太陽を咲かせていた
*
昨晩、不思議な夢を見た
....
いつか誰もが別れるという{ルビ運命=さだめ}を
もし、ほんとうに思うなら
どのような人であれ
目の前にいる人を
愛惜しくも、思えよう
僕の向かいの空席に
水を入れたコッ ....
今迄地上にいた人が
すべて不滅であったなら
日本列島は満員で
海に沈んでしまうでしょう
宇宙の闇にぽつんと浮かぶ
蒼い地球を視るのはきっと
いつか{ルビ人間=ひと}の体を脱 ....
ある者は
長年夢見ていた舞台に上がれず
どしゃぶりの雨の中
膝を落とし
ある者は
束の間な恋の物語に幕を下ろし
曇り日の街の迷路を
今日も彷徨い
ある者は ....
誰もいない家の
ベッドに一人横たわり
イヤフォンを耳に入れ
励ますような
君の唄声を聴いていた
窓から吹き込む夜風に
カレンダーはざわめいて
{ルビ捲=めく}れる暦の隙 ....
ふみきりよ、ふみきりよ
無言で開いて直立する
{ルビ縞々=しましま}の柱に付いた
夜道を照らす、照明灯よ
ショパンの幻影が弾くピアノを
イヤフォンから聴い ....
ふと見下ろした煉瓦の上に
蝸牛の子供が一匹
二本の細い触角で
何かを探るように、這っている
少しの間、僕は思いに耽り
ふたたび見下ろした
小さい渦巻はさっきより
確かに ....
夕餉の向かいの空席に
在りし日の祖母を浮かべて
問うてみる
(聖なる世界はどうだい?)
初老の親父と母ちゃんが
娘の嫁いだ富山へと
生まれて間も無い
孫息子の顔を見 ....
一体どんな違いがあるのだろう?
夏日の照りつけるアスファルトの上
ゆらゆらと
{ルビ陽炎=かげろう}になって今日の食物を探す
あの家のない人と
駅の構内に日がな坐り
10円 ....
地面に落ちたタバコから
煙がひとすじ昇っていた
誰にも気づかれないよう
踵で踏んで、消しておく
いたずらな風が吹いて
火の種が、人の間に
燃え移ることのないように
....
夕暮れになるといつも
彼は施設の外に出て
離れた更衣室の入口に
ランプをつける
施設の外の暗がりに
一日の仕事を終えて
疲れて戻って来る人を
(おつかれさま)と
迎え ....
介護職員達は施設の洗濯機に
{ルビ皺=しわ}くちゃの肌着やパンツの山を
無造作に投げこんでは
背を向けて去ってゆく
汚れの全てを飲みこんで
きれいに洗って返そうと
洗濯機は ....
夕暮れの窓辺から
あの煙突の上に昇り
空へ吸いこまれる
煙を見ていると
昨日
頭に来た誰かの一言や
恥ずかしかった自分の姿が
いずれ何処かへ消えゆくよ ....
きみは東京という街にやってきて
やがてセンスを身につけるだろう
流行りの服を身に纏い
流行りの帽子をかぶり
そして
流行りの店で可愛娘ちゃんと食事する
しかしだな
....
「もう一歩前へ」という紙が
壁に貼られていたので
思わず左右の爪先を前に出し
便器に少し、近づいた
振り返れば30余年・・・
目の前にぶら下がる
ふっくらとしたあんぱんを前 ....
池袋駅の便所に入ったら
便器の隅に
「抗菌」シールが貼られていた
きれい事では語れない
生身の人間ではありますが
魂だけは「抗菌」の
シールをぺたりと貼っています
....
今日も渇いた土の上
恵みの雨を待ちながら
風に{ルビ撓=しな}って揺れている
{ルビ詩=うた}そのものであるように
我よ、たった独りの草であれ
大空と大地の間で
(生と死の間で)
挟まれた地平線に向かって
世の重力に持ち堪えながら
俯く私は今日も
おじぎ草の姿で
幻想都市の
雑踏にまぎれています
{ルビ希=ねが}わくば、目の前の虚空を突き破る、視線の槍を。
互いの杯を交わす
向かいの席で
微かに瞳の潤む
その人は呟いた
(今の僕は、昔より
孤独が澄んで来たようです・・・)
この胸の暗闇には
ずっ ....
少し前迄、初老の両親とこの店で食事をしていた。メニューを見る時に、視力の落ちた目を顰(しか)める父と母の前に座り、相変わらずふらふらと生きている自分を申し訳なく思う気持を抑えながら、何気ない会話 ....
まっしろなノートを机に広げ
補欠の野球少年の絵を描いたら
スタンドの灯がスポットライトになって
ノートを照らし出していた
遺影の中に納まる祖母は
微笑ましげにこちらをみつめ
....
歩道をのんびり歩く
背後から
チェーンの廻る音がして
端に避けた僕の傍らを
SAKAMOTO
6
というジャイアンツのTシャツを着て
後ろ ....
2本のギターが
壁に寄りかかり
ひとつは背後に隠れ
倒れぬように、支えている
もうひとつは
傾きながら、立っている
自分の力であるかのように
背後の支えに、気づかずに
....
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