空の 鏡 に ひび
はしり く だける かけら
燦燦 と ふる その
う たかたの き らめきに
死 すとも くや まず
風物のうつろいに
あらがって
旅するひとは
いつだって 燦然と
独りである
ベンチで たばこを喫いながら
並木が風をうけて 帆のように
喜ぶさまを見ていた いまならば
わたしも けむりになって
消えてしまってもいいと 感じていた
冬時計の 皮をむく
果肉が やぶれて
どろり ながれだす
おもいでを 涙と
いっしょに すする
近づけば 遠のく
宇宙の影を ゆめに
おいかけて かえりつつ
あるのか はじめの
ことばの 断崖へ
ぬれると しなだれて
くずれおちる 砂の花
わたしらも ひとしく
装飾の房を ほぐして
うけいれる 水の戒告
語りおえたら
息たえる そんなふうに
純一の機能を
持たなかったから
よかった とも言える
鏡のなかの じぶんを
こわすこと ぼくにも
儀礼の ときがあって
いまでも その破片が
胸郭に ささっている
たったひとりの あなたへ
とどく かもしれない
ことばの しんじつを
かんがえて こどくを
えらんだ のです
またひとつ あらたな
欠落を ありがとう
ともに ぎんいろの
ページを すごした
しめやかな 夢の小冊
いまさらに つけくわえるべき
ものはない 言葉のおくつきに
まいばん 血まみれで
ひげを剃り あおざめた
馬にのって 詣でる
はじめに、敗北宣言。水を、絹の
旅の門出に、のみほしてしまった。
しかし、うしなわれた夜の、鳥の
羽の、針の、ひびく、琴線に、なおも
ものぐるおしく、わたしは、途上である。
満ちるとき 抒情の紙を
火にくべて なにごとも
語るすべなし 封印を
解いて 空を傾けると
月が ころがりおちる
やぶれめが ひたいに
あるので うつむくと
こぼれて くずれさる
すなの ふくろだから
かおを あげてあるく
つぎつぎに矜恃の
虹をかさねて重く
はじけないように
あふれないように
みずからを律して
あなたと その周辺を分解し
組み立てなおし 恒星のことばで
したためて 郵便受けに
ほうりこんだが 返事がない
いや たぶん絶対に こない
はばたきが きこえる
とおい 風の血統に
呼びかけてくる
ひろった羽根で
こころみに とんでみる
かみさまが 足あとを
のこすのは きまって
救いへの 導きだから
すいません その道は
しばらく 使いません
明るく 狂いはじめた
台所で 近代の抒情を
さんまいに おろして
こんがり 焼いてから
店頭に ならべておく
どんなに 踏みかためても
道は じぶんのものに
ならない どれだけ
あるいても あなたの
背中に たどりつけない
ぼこぼこに 叩かれて
昏倒している 勇敢な
男の子たちの ロードを
でこでこに 髪をかざった
女の子たちが 行進してくる
月を めくってみる
秘密を のぞいたら
夜空を ひっかいて
泣きながら 百億の
星を はがしてゆく
この連作「そろもん」は、五行というフォルムそのものがテーマでした。大局的には、それ自体が現代詩的構文のアンチテーゼとして機能することを目論んだと、とりあえず言っておきます。でも内実は、きわめて個人的な ....
空の種族が おとした
羽根を ひろいながら
あるいている 一千本
あつめたら つばさと
交換してくれる 約束
階段を さかのぼって
その当時に もどると
親友を 裏切った直後の
わたしが あめかぜに
漂白されて 立っていた
あかりを 消して
ひらいたら きずあとを
指で なぞって
たがいの からだを
すみずみまで 読む
もう 花のかんむりを
おろしたまえ けんめいに
あらがった あかしに
きみたちの果実には きまって
ほこらかな きずがあるだろう
ひこうき雲が ゆったり
拡散しながら 高度をさげて
着陸場所を さがしている
地につくまえに すっかり
消えてしまう というのに
金風が ふいている
豪奢な さびしさが
きみの横顔に かげをつくるのを
歌おうとして 韻律の
罠にはまっても 悔やまない
のんだぶんだけ
はきながら たがいの
さまつな ちがいを
ののしりあった おれたちの
ふれんどしっぷ に
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