ふっと こんじきの
階段がおりてくる まぶしく招待の
両翼をひろげて そのひとは
ぼくの だいじなあやまちを
消してしまうから まだ逝かない
こんがらがった平和の
リングを ひとつはずして
のぞきこむと 青空のした
コロシアムで こどもたちが
ペットを たたかわせていた
しきたりにそって やりすごそうと
しちてんばっとう しているうちに
かどがとれて しあわせなんですが
まんまるなので さかをころがりだしたら
もどってこれないきがして こわいんです
王冠で すくおうとして
おびただしく こぼれる
純血のひとの うしろのほう
丘のうえに 月が
座礁している
おんなが なぎさで
砂を かぞえている
いくとせも いくとせも
なみだと 朝焼け色の
大漁旗を まちながら
権威をたおせ なんて
うたいながら いじらしく
虫たちが むらがっている
大樹に
おしっこを かけた
むこうにも なにも
ないかもしれないと
壁を
イメージするとき
すでに敗れている
壁に沿って進んでいるだけの
ような気がしたら
とりわけ 星ふる夜に
重いものを ひきずって
あるくのは やめてみましょう
風に とばされてきた
ことばが ひとかけら
髪の毛に ひっかかっていた
手にとると 雪のようにとけて
わすれていた人を 思いだした
漢字そっくりの 本の「虫」の
大群に追われる 夢からさめた
またべつの ページのなかだった
すべてが言葉で できていても
死ぬときは死ぬので 気をつけよう
すてきな しっぽのある
いきものを もらった
まちがって しっかり
聖水で 洗ったら
死んでしまった
女子高生グッズに
なりたかった
犬と
ならんで
舌をだしている
十一世紀のペルシャの学者オマル・ハイヤームが遺した「ルバイヤート」は、全篇四行詩です。「ルバイヤート」は、ペルシャ語で「四行詩集」を意味します。はじめエドワード・フィッツジェラルドの英訳本で世界的に知 ....
たがいに ガラスの顎を
つきだして うちあった
なかまたち 言葉はいつでも
致命傷になるから タフネス!
生きていたら また会おう
朝がきたら夜の
かけらをまとい
眠りがつきたところから夢の
つづきをひろって
めざめよう タフに
時間とともに わたしは
うしなわれる だから未来を
待ち望まない というのは嘘だ
明るいうちに できるだけ早く
きみのところまで たどりつきたい
奥さん エクソシストです
旦那さん 送りだしたあと
ベッドの下の魔男
あしげにしているのを
よく見かけます
耳をすませば
月と星の ささめき
うしなわれた言葉の
ゆりかごを ゆすって
噴水が歌っている
妖精に ひっこぬかれたとき
となりに咲いていた きみを
ひっこぬいた ひとりでは
こわかったんだ ごめんね
おもいっきり ひっぱたいていいよ
雪の匂いをさせて
やってくる 月の
銀の 貝の 死の
なまめかしく
純潔な 女と
いま すれちがったひとの
顔のうろこが すこし
はがれていたよね なまぐさく
だれしも さむいものを
海に はこぶ途中なんだ
前へ どこまでも進むのが
希望の原理です
その道は きみ自身の
背中の扉まで つづいているから
いまは ふりかえるな
死んでいたのに
旅人が きまって ここで
小便をするもんだから
芽をさまし 他人の木に
花をつけて しまった
もう風もみえない
そろそろ いいか
木のねっこがあれば そのそばに
たおれて 土にかえろう
なあんて まだ言わないよーだ
ハッピーエンドから
はじまる ほんとうの物語
それからそれから どうしたの
うれしいときに いやというほど泣いて
かなしいときは ふつうに笑っていたさ
かかないほうが
異常であること
いくらでも つくれる
魔法の装置になって
詩を ほろぼすこと
かわいいね おはだ つやつやして いつにもまして きれいだよ かわらぬ
そのわかさ はんそくだぜ なんだか ぼくだけが としを とったみたいで
ずるいなあ で どうだい しばらく ごぶさた だった ....
やもりのしがいと
くものいと
こいびとのよだれと
みみあかを
なべで にこんで
銀杏の枝に 月が
ひっかかって ゆれているから
それとなくわかる 風の道を
じぶんのいない 未来のことまで
しのんで あるいてきた
通り道に たおれていたら
ぞろぞろ やってくる
異形のものたちに
ふみつけられて すこし
げんきに なるのである
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