掌編小説『しゃしんの女』 〜上〜/朝原 凪人
 
小さく呟き、おもむろに立ち上がると私の方へ歩み寄ってきた。真紅にして深紅の絨毯の上を滑るように女は足を動かす。
 私の隣、柔らかいソファーに音も無く腰を落とすと、まじまじとそこにあるはずの眼で私を視姦する。自分の裸体をというより、その内側を除かれているような気恥ずかしさを覚え、私は動きを失った。

「それにしても」

もう一度そう言うと、家事などしたことも無いのだろう、四十を過ぎた者のものとは思えないほど奇麗な手で私の顔に触れ、奇麗な指で私の顔を撫でた。香る女の体臭に(それはやはりバラの香りを含んでいた)意識を奪われ、しばらく為されるがままにされていたが、指に挟んでいた煙草の灰が折れそう
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