掌編小説『しゃしんの女』 〜中〜/朝原 凪人
や喜びなどもちろん何もありません。ただ解ったのです。彼は旅を止めこの地に留まることを選びました。そして、わたくしと逢瀬を重ねるようになったのです。父は何も言いませんでした。もう諦めていたのでしょう。この家のことも、わたくしのことも。それ以前からわたくしは、そうですね、正常ではなかったのですから」
女はもう一度ペンダントに視線を落とした。私はそのタイミングで灰皿で二度煙草をはじき灰を落とした。女が顔を上げる。私は煙草を銜え、ソファーに深く身体を預けた。
「あの人とは、それから幾度となくカラダを重ねました。それが自然なことであるかのように。正確な時間は憶えていません。数年だったのか数ヶ月
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