異形の詩歴書 〜10歳/佐々宝砂
 
律の種田山頭火なのだぜ、かーちゃんのばかやろー)。幼稚園のころは放任でヒラガナひとつも教えようとしなかったから、私は、歴史的仮名遣いと新仮名遣いをほぼ同時に覚えたことになる。

 母の教育は英才教育ではなかったし、スパルタでもなかった。母は、単に、自分の好きなことについて語り合う相手がほしかったのだと思う。それで小学生に向かって杜甫……ああおかあさま、あれはいくらなんでもムリでございました。漢字がわけわからなかったので、私は漢詩がすきにならなかった。でも文語体と歴史的仮名遣いはアタマに充分浸透した。

 とはいえ、やはり小学生は小学生なのだ。8歳の私は、百人一首の恋のうたを暗唱しながら
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