壊れたピアノ/塔野夏子
 
壊れたピアノがひとりでに鳴って
夏は残酷にあざやかに夏のままだった
空は記憶のモザイクだった
鳴きしきる蝉の声と
ひとりでに鳴るピアノの不協和が
けれどなぜか心地よかった

記憶のモザイクの欠片から
きれいなのをいくつかこっそりと
剥がしとってポケットに入れたのは
君にあげようと思ってのことだったのか
忘れてしまった

剥がした跡のうつろにも
鳴きしきる蝉の声と
ひとりでに鳴るピアノの不協和が
よく似合っていた

と 何故過去形で語るのか
尋ねないでください
壊れたピアノは
夏の残酷なあざやかさに
耐えかねて鳴るのではないか とも
尋ねないでください

ポケットに入れていたはずの
きれいな欠片も
とうに失くしてしまったのですから


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