そして海は濁っていった/岡部淳太郎
 
          そして、
貝は耳の代わりに何事かを伝える術を忘れた。
やがて訪れる大きな波の高まり。そのために
月は無言で歌い、風は張られた帆を強く愛撫
した。海辺に住む人びとは目を瞑って祈った。
この夜の海に、ますます濁る海に祈ることで、
自らのいのちを必死に忘れようとしていた。

                 そして、
海の濁りは夜に溶けこむほどにまで深まって
いった。青黒い、あるいは黄色い海。どこか
遠くの海原で一艘の船が溺れても、誰もその
事実を知ることはなかった。伝えることのか
なわぬ遠泳と脆い恐怖。そして、それからの
ことは誰にもわからなかった。ただ、海の濁
りが、人の頭脳の中のそれと同じようである
と、夢の潜水夫が昏くつぶやくだけであった。



(二〇〇六年二月)
   グループ"散文詩"
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