溺れていく夏の/岡部淳太郎
 
溺れていく夏の海の傲慢を乗り越えて、原色
の光景にすべりこんでいく。速度を上げろ。
減速してはいけない。止まってしまったら、
たちまちにして恐怖がおまえをとらえるだろ
う。夏に生きる恐怖。夏に散る恐怖。それら
にかかわっている暇はない。夏はそれほどま
でに短い。ただ走るのだ。意味を捨て、ただ
夏が夏であることのみを感受せよ。おまえは
夏。おまえこそが夏。遠い彼岸の砂浜では、
今日も無名の蟹が行進するだろうが、おまえ
はそんなことを知ることはなく、おまえ自身
を陽の下で一秒ごとに新しくさせていく。眩
しいのは、おまえが汚れた鏡であるからだ。
ただ走れ。速度を上げて、減速してはいけな
い。おまえは止まらない。走ったまま、走る
姿勢に身体を折り曲げたまま、おまえは空と
海の合間に投げ出される。ああ、スコール!
突然の雨がやって来て、おまえは溺れる。お
まえはまたもうひとりの新しいこの夏の死者。
溺れていく夏の海と空の合間で、おまえの姿
勢は永遠に記録される。はるか此岸の砂浜で
は、年老いた海亀が卵を産み落としている。



(二〇〇六年七月)
   グループ"散文詩"
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