三月のドキュメント/岡部淳太郎
らずにある。そのこと
の非現実感の中を、私はさまよっていたのだ。
その日、表の通りでは桜の花が
咲いていた。三月二十六日、あれ以来その日
付を桜の開花の基準にしてしまうようになっ
た。春はもっとも残酷な季節。桜の花を咲か
せると同時に散らせる。それはある種の恩寵。
ここから新しいものへと入ってゆくことの、
象徴としての。だが、十年前の私はそんなこ
とにまで思い至ることはなかった。私はただ
呆然として、妹が受け取った現実と私が見逃
してしまったそれを、自らの裡で混ぜ合わせ
て、次の日に流すことになる涙のことにもま
るで考えが及ばずに、ただ桜を見上げていた。
その日、私の妹が自ら死を選ん
だ。子供たちは駈けていき、大人たちは信じ
られない事実に立ちつくしていた。いまから
十年前の三月二十六日、金曜日のことだった。
(二〇一四年三月)
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