批評祭参加作品■喪服の者たちが向かうところ/岡部淳太郎
って感情が内向きに震えているような詩の場合は特にそうだと言える。向かうところはどこか? などと言っても、そこに留まっている限りはどこにも向かいようがないだろう。だが、他者の死を扱った詩の場合は少々事情が異なる。詩という表現形式そのものが一種の非日常であり、なおかつ死という重い事実のために、読者はそこに一定の価値を見出すだろう。少なくとも、ただ自己の内面を見つめているだけの詩よりも読者の賛同を得られやすいと思う。だが、それだけでは自分は親しい者を失ったのだという感情に居直ることにもなりかねず、自傷的な自らのために喪服を着ているような詩と同じ自我偏重の罠にはまってしまう危険性がある。私自身も妹の死の直
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