風のおと/yo-yo
 
風の音がした
ふり向くと誰もいない
十八歳のぼくが
この街をつっと出ていく

いつも素通りしていた
その古い家から
いつか誰かの
なつかしい声が聞こえた

敷石を踏む下駄の
細い水路のせせらぎの
風の音階が
耳のふちを流れる

ひっそりと暗い
竈のある台所と板の連子窓
階段をおりて手水の廊下へとよぎる
風とひとの気配

ふり向くと
あおじろい顔の青年が立っている
二十三年の短い生涯の
三年だけこの家に彼はいた

彼が聞いた音がある
彼が作った音がある
その音は
いまも消えない

十五歳で上京
東京音楽学校を首席で卒業
ドイツに留学した
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