RT会議室突発連詩ログ保管庫[24]
2005 04/24 03:12
いとう

100行耐久連詩。いとう&ベンジャミン
1行ずつ1人50行。0:30〜 所要時間:約2時間30分



消失地点


残されたものはあまりに少ない
大げさに笑ってみせる背中に
いくつかの紋様が現れるだけだ
ふと振り返れば
わずかばかりの足音と
薄くのばされた影が横たわり

消えていくものだけが幸福の意味を知る
人を吐きつくした駅のホームには
黄昏が渦を巻いて
戻る場所を探すカラスの群れが
戻る場所を知らないまま、消えていくのだ
そして
私の背中にはいつものように

過ぎた時間が背負われている
思い出はいつも呪われている
そのことに気づいたのは
夕闇のカラスの
群れから離れた一羽の瞳に孤独を見た、その
そして孤独に秘められた一握りの意志を見た、その
どこまでも深い水底に佇むような
のけぞるように暗い、刹那
まるで千切れた翼の断末魔のごとき
(いや、翼は嘆かない)
そう、かつて忘れてしまった記憶の中に
その中にこそ祝福があり
そしてあたかも恵まれたように見える祝福こそが
呪いの温床なのであると

満たされぬ渇きが知らせている
艶めく果実は喉を潤さず
さらなる欲望を掻き立てるとしても
そこに生まれるのはただ
自らが創り出した幻と
自らが失った足跡と
今に踏み込めぬほどの希望だけで
消えていったあなたには届かない
届かないことは喪失ではない
それはただ、喪失という名の存在で
悲しむための道具としてのみ

そう。思い出はすべて道具と成り果て
空が何処までも続いていると信じていた頃
振り返るといつもそこにあなたがいた
その過去という現実でさえ
消えていく場所こそが
既に見えなくなっていることを知っている
夜はすでにすべての消えゆくものを覆い
一抹の不安とともに在り続けるのは
ただ
街の明かりに照らされた自らの手のひらと
透過された手のひらの影と
そこに浮かび上がるあなたとの日々

あれは幻ではなかった
けれど遠ざけるような視線で見上げる
一羽のカラスでさえ憐れみを知るのに
忘れるということが罪であるなら
私の背中には罪という名の紋様が
胸に透けるほど深く刻まれているに違いない

消えた足音を追って悲しみを繰り返す
泣き声に掻き消された言い訳たちは
赤子のようにさらなる泣き声を産み出していく
もう言葉ではなくなっている
嗚咽にも似たその声を
伝えるべきあなたがいないことに
立ち尽くすにはまだ悲しみが足りない
それが悲しくて泣けることに甘え
悲しみさえ消えていく深夜
響くけものの遠吠え
肌を切り裂く細い細い細い風に悦ぶ
痛みとは次の悲しみに耐えるためにあり
甘美は次の痛みを受け入れるためにある
いつしか自らの泣き声にさえ笑っていることにも
気づいているのはただカラスのみ
はじめから戻る場所などなかった
はじめから戻る場所などなかったのだ
言い聞かせるように呟いても
生きているだけで思い出は増えていく
失うための
人生など
虚しく積み上げているのはただ
夜明けを信じる者たちだけだ
無残に蹴散らされたとき
残るものはあまりに少ない
笑い飛ばすほどの価値もない
見えない背中だけがほくそ笑む
疲れ果てた人の群れの中に戻り
ホームの端でカラスの夢を見る

はぐれた一羽の軌跡は明け方の空で途切れていた
飛ぶ鳥の足音は誰にも気づかれないまま
それでもあなたの思い出のいくつかは残されているはずなのに
足りないはずの悲しみに掻き消され何もかもが消えていくのだ
その時
私に刻み込まれた痛みだけが
まるで生き物のように身体を這いまわっても
消えていったあなたが戻ることはないのだ
残された罪を背負ったまま生きる
カラスにさえ蔑まれ生きる
それでも幾ばくの悦びがあったことを
背中に刻み込み、そして満たされない悲しみを背負い
いつか癒されるであろうことを信じていたはずの夜明けであったのに
消えていく消えていく消えていく私さえも
それは喪失という言い訳に似た、消失なのだ
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