剥離
umineko

    その瞬間
    私の手の甲に
    冷たく鈍い痛みが走る

    うっすらと
    滲みはじめるその赤に
    私は泣いた

    聞き付けた母親が
    どこからかやってきて
    兄をたしなめる

    あなた
    おにいちゃん 
    なんだから

    そうだそうだ
    私
    誇らしく 泣く

    その傷は
    ただの浅いひっかき傷で
    血も滲んだがその程度
    しかし
    私のくすんだ心は
    その程度では終われない

    毎夜
    寝床にはいっては
    乾き始めたかさぶたを
    ゆっくりと剥ぐ

    透明な液
    小さな痛み
    そして残虐な
    笑み

    数日後
    私は母親に
    左手を差し出した

    お兄ちゃんに
    つけられた傷
    こんなになった

    その時
    母がどんな表情だったか
    私はうまく思い出せない
    そのあと
    兄と
    どうなったのか

    たぶん
    兄も母も
    誰も覚えていないだろうし
    傷なんてもう
    跡形もないわけだし

    だけど
    貴方に知って欲しいのは

    私に巣食う胸の悪魔が
    いつか
    貴方を苛むことを

    ただ
    貴方に知って欲しかった

    貴方に



自由詩 剥離 Copyright umineko 2004-04-03 08:32:25
notebook Home 戻る  過去 未来