似ているもの
吉田ぐんじょう

・cigar(葉巻)とsugar(砂糖)

あ、
煙草をやめようかな
と思った
手を伸ばしたとき
箱の中に一本しか残っていなくて
でも寒くて
買いにゆくのが面倒だったから
五分間
逡巡して
だけど結局
さらりと纏うには
重過ぎるコートを着こんで
早朝の町へ踏み出した
吐いた息が
珈琲にとけてゆく砂糖
または陽炎
のように
そこいらの空気を揺るがしてゆく

空になったシュガーポットの
底から見上げたような形の月が
まだ
ふよふよと木に引っ掛かっていた


・breath(息)とbrass(真鍮)

中学生の頃
トロンボーンを吹いていたことがある
吹奏楽部に入っていたのだ
頭が悪かったのか
わたしはずっと
「吹奏」を「水槽」だと思っていた

ブラスバンド部
と言われるのが厭だった
暑苦しい青春の表徴
みたいな言葉に聞こえたから

音を耳に閉じ込めなさい
と先生はよく言った
すうっと真ん中を通るような音が
必ず見つかるから
それを聞いたら
耳に閉じ込めて
指で覚えておきなさい


あの頃と同じ形の耳で
わたしは自分の深呼吸を耳に閉じ込める
いとしい人たちの声を耳に閉じ込める
自分の感情を右手で微調整する
誰もいない
音楽準備室でやったように
ひっそりと
すこしだけ眼を閉じて
何かを思い出しながら


・love(愛)とrib(肋骨)

神様は男の肋骨から女を造った
とか一部で言われているのは
非常にセンセーショナルなことであると思う
男の人は自分の肋骨を愛するのだ
自分の肋骨とクリスマスを過ごしたいと思い
自分の肋骨からチョコレートを貰い
自分の肋骨に指輪をはめる
改めて考えると
とても不思議なことのように思える

では女の人の肋骨は
何になったんだろう
肋骨の肋骨
そして
その法則が成り立つならば
女の人の肋骨からは
また何かが派生するはずだ
肋骨の肋骨の肋骨の
肋骨の肋骨の肋骨の肋骨

若しかしたら
そうして宇宙というのは
出来上がってゆくのかもしれない
と嘯いて
煙草を一本吸ってから携帯電話を開いた
夜中の部屋に光る液晶は
どこへでも行けるが
決して通り抜けられない窓
のようにも見える

そういえば携帯電話は肋骨に似ている



自由詩 似ているもの Copyright 吉田ぐんじょう 2006-12-25 14:50:28
notebook Home 戻る