膨れるスモークチーズと際限の無い循環
chitoku

早くそれを私に、という滑らかな声、
私はその声の主を見定めようと目を凝らす。
その人は、私の妻の姿をした、別の女で、
私が腕に抱いているのは、肉の塊。
スモークチーズのような、大きな肉の塊。
特別なものではないけれど、私の大事な持ち物。
妻の姿をした女は、赤ん坊を抱えていて、
赤ん坊を近くで見て、
顔を見れば、声を立てずに笑顔になる。
肌のにおいを心地よく感じる。
赤ん坊とひとつになりたい。
そして。

妻の姿をした女は、大きな肉の塊を持ち去った。
赤ん坊になろうとしていたら、盗まれた。
大事な肉の塊、
肉には見えないけれども、大きな肉の塊。
私の体は、むくむくと膨れて、
大きなスモークチーズのようになって、
赤ん坊を押しやって拡がって、
膨らんだ自分しか見えなくなって、
たぶん、私は怒っていたのだ。
それが分かると元に戻って、
大事な赤ん坊を拾い上げた。

いつかそれを私に、という穏やかな声、
私はその声が誰であるかと辺りを見回す。
その人は、赤の他人のような私の妻で、
私が腕に抱いているのは、大事な赤ん坊。
干したての枕のように心地よい、
私が産んだ訳ではないけれど、私の赤ん坊。
他人のような私の妻は、大きな肉の塊を抱えていて、
肉の塊を近くで見て、
スモークチーズのような滑らかな質感に、
焚き火のような香ばしさに、懐かしさを感じる。
大きな肉の塊を食べたい。
そして。


自由詩 膨れるスモークチーズと際限の無い循環 Copyright chitoku 2004-03-28 00:53:25
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