ゴミのない国で リターンズ
佐々宝砂

捨てたつもりはなかったのです
だってこの国にゴミはないのですから
ええ だから 捨てたつもりは全然なかったのです

あのひとの影を いえ あのひとへの愛を
私はあのひとが残していった家にきちんとしまっておきました
あのひとの家は私たちがかつて住んでいたあの暗い国でなら
きっと瓦礫とか廃墟とか呼ばれたものでできていましたが
私はあのひとの家が好きでした
背をあずけると脆くなったコンクリ壁が崩れて私の髪を白くしました
その埃っぽさがどうしてもあのひとに似ていました
私は何時間でもあのひとの家にすわっていました
ときどき風が吹くとどこからか破れた雑誌が飛ばされてきて
私の頬に貼りつきました
すわり疲れて立ち上がると
裸足のあしうらにたくさん棘が刺さりました
長いことすわったままだったおしりには
半ば溶けたカレンダーの花畑の写真が貼りついていました

私はそうしたことみんなが大好きなのです
ゴミのないこの国が好きなのです

だのに
突然

ああ どうか お願いです
そんな無体な命令を突きつけないで下さい
そんな恐ろしいことは二度と言わないで下さい
あの愛は終わったのです
とろけた白菜の外皮をてのひらにとって
優しくお互いの頬を愛撫した夜は終わったのです
それはわかっています
でも
終わってなおあの愛はやっぱりゴミではなくて
あのひとの家のなか大切にしまわれてあったのです
終わった愛ほどに甘美で苦く酸っぱいものがこの世にあるでしょうか
いいえ 本当に捨てたつもりはないのです

これほどお願いしてもだめなのですか
理不尽なリサイクル命令は撤回されないのですか
あのひとへの愛はもうここから消えてしまうのですか
リサイクルされるものは
すなわち不要なもの
もうあのひとへの愛は不要だというのですか

涙を流しながら私は
からからに乾涸らびて軽くなった自分に気づきます
愛おしい腐った野菜の日々はすでに遠く
乾いて清潔な私は早晩この国にいられなくなるでしょう
私も不要となるでしょう
煉獄の炎にリサイクルされる
あのひとのように
あのひとへの愛のように


自由詩 ゴミのない国で リターンズ Copyright 佐々宝砂 2006-11-15 05:48:53
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