電卓は
黒田康之

昼飯が終わって席に帰ると
閉じたパソコンの上に電卓があった
そんなところに置いたつもりはなかったが
なんだか光って見えたので僕は手にとってみたのだ
いつも使い慣れた電卓は実は僕のものではない
いうまでもなく会社の備品だ
手に取って眺めて
キーに触れると0を描いた
すると何だか愛しくなって
電卓の全てが知りたくなった

僕が初めて電卓に触れたのはいつのことなのだろう
確かではないが親父が自慢げに八桁電卓を僕に見せたときだろうと思う
その時の僕は
一十百千と指折り数えて
千万という途方もない数に驚いたはずだ
僕は今手にある電卓の1のボタンを押してみた
見事なくらいその1は整列をして十二個並んだ
僕のその日の愛しさはそれらの列に途方に暮れた
千億なのだと生唾を飲んだ
こんな小さな事業所の
経理でもない僕の机に千億という電卓がいる
365と打って
僕はそれに百をかけた
それでも数は左端には届かずにいる
さらに僕は24をかけ
60をかけたけどまだ果てには届かない
さらに60をかけたところで僕は全てを0に戻した
僕の一生の一秒で満たされないこの桁を満たすものはと考えた
考えながら思い返した
そうしたら頭の中に端数がたくさんこぼれ出して
僕は端数に支配されてしまった
どうにも割り切れない思い以外に
この桁を満たすものなどないのだと思い当たった
僕は社長の顔を思い出した
僕よりずっと年上のあの男は
僕らにこれを渡して
世の中は割り算なのだよと
きっと笑っているのだろう

僕はそれが好ましかった

それにしてもこの電卓を誰が使ったのだろうか
僕は割り算で考えながら
何を食べたか忘れてしまった


自由詩 電卓は Copyright 黒田康之 2006-11-12 13:05:45
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