荒川洋治を読んでみる(八) 『北京発包頭経由蘭州行き』
角田寿星


ええと、言うまでもないことですが、この鉄道は実在します。京蘭線という路線で、1958年に全線開通しています。蘭州まで直行するのは特急列車なんですが、作者の乗ってるのは急行ですね…急行もきっと直行するんでしょう…少なくとも当時は…ここは信じなければ話が始まらない。
北京から、内蒙古自治区内を通り、寧夏回族自治区の銀川を通り、甘粛省の省都、西域の玄関口、蘭州に到る路線です。言うなれば今までの、中国地方を題材にした一連の詩の、集大成にもなりそうな一篇です。

ぼくがこの路線で、最大に気にかけていたことがあって、それは「黄河を越えるのかどうか」ということでした。ほら、黄河は広いし、流れも速いし、かなり苦労して橋を架けたんじゃないかな、って思っていたんです。
調査にずいぶん時間がかかったんですが、どうやら二回ほど黄河を横断するようですね。しかも、それは大したことじゃないらしく、ぼくにとってはやや驚きでした。なんでも、いちばん早い時期に架かった黄河の橋は蘭州近くにあるそうで、1907年完成だそうです。清朝の末期も末期で、よくそんな橋を架ける余裕があったもんです。ロシアの資本かしら…。
むしろこの路線で問題になったのは、砂漠のド真ん中を通ることだったそうです。少し油断すると、レールが砂に埋もれてしまうんだね。特に包頭-蘭州間の通称包蘭鉄道で、それは顕著だそうです。
砂防対策といたしまして、「草方格」というものがありまして、砂防に絶大な絶大な効果があり、中国が世界に誇る技術だそうです。といっても仕組みは簡単。約1メートル四方の正方形の辺の部分に、麦藁を埋めて、少しだけ地面を盛り上げる。んで、その麦藁のとこから草が生えてくるらしいんですね。それを道路や線路沿いにずーーっと敷きつめていくと、それだけで道路や線路に砂が流れてくるのを防げるそうです。
…いや、詩とはまったく関係ありませんが。

「梅の民族をのりつぐ旅。」とあります。梅は中国の四川あたりが原産だそうです。日本人にも馴染みが深いのでついつい見落としがちですが、漢民族が梅の本場。金瓶梅とかもあるしね。朝鮮民族も梅は大好きだそうです。この列車の旅は、モンゴル〜西夏〜ウイグルと渡るので、梅とはあまり関係なさそうですが、日本、朝鮮、中国と、梅の系譜を遡るという意味がありそうですね。

「おおいなる受動の平原、オルドスへ。」この詩には、オルドスということばが、実に三度登場しますが、荒川はオルドスの地をじーーっと眺めてるんですね。二回目には、荒川が「オルドス。」と「呼びすてる」んです。
オルドスは先に述べたようにモンゴル系民族なんで、この詩の主な舞台は内蒙古自治区になりそうです。オルドスは、まとまった国を建てられなかった民族で、歴史に登場してからこのかた明に服属しっぱなしで、そこらあたりの悲哀も含んでそうだね。

京蘭線全線の地を「オルドス」でひと括りにするのは、やや乱暴な気もするけど、現在と過去の歴史、現実と妄想の認識、それらの狭間で揺れ動く、長ーい長ーい列車の旅(「一日半の有愁。」と書いてます。「有愁」は誤記ではありません念のため)、というわけですね。

用語解説。

「明眸のふかみへ」…眸はひとみのことですね。目もとがはっきりして、澄んだ美しい目のこと、だそうです。

「国家はいま適湿にいたる。」…砂漠だからねえ…湿度は低いと思うんだよねえ…。だから、あれなのかな。歴史の汗や涙、作者の抱く愁いなんかが、オルドスに適当な湿り気をもたらすのかな。



散文(批評随筆小説等) 荒川洋治を読んでみる(八) 『北京発包頭経由蘭州行き』 Copyright 角田寿星 2006-10-29 23:06:25
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
荒川洋治を読んでみる