早めに起きて花に水をやる
カンチェルスキス



  好きな言葉ってのは人それぞれ持ってるはずだ。持ってないぜ!と言われれば明日から小便出ないよって宣告されるみたいで悲しい。まあ、持ってるだろうという前提でおれは話そうと思ってるんだけど、何を話そうとするのか、どんな言葉が出てくるのかおれにも今のところわからない。もしかすると放送禁止用語とか言ってしまうかもしれない。そのときは、大声で「        」って叫んでくれれば問題ないと思うけど、ちゃんと声をかぶせてくれないと、おれは恥ずかしい気持ちになる。
 好きな言葉ねえ。温故知新って言うのは、落下したうんこがマントルを刺激し地震が起こるってことだよな。うんこって言葉の、何というかフェイスはかわいいね。うんこそのものは、まあ、全然かわいくないというか、かわいいって判断基準が適用されるかわかんないけれども、うんこっていう響きと口から漏れるそのときの息つまり当時の息ってのには絶妙なキュートさがある。まるであの、ときにはクソと吐き捨てられる人によっては色が微妙に異なってくる細長い棒状のものあるいは練り物を表現してるとは思えないほどだ。可憐な少女なんて言ったって、どうせ可憐な少女なわけがなくて、無邪気さを見せた後で車の下に隠れてる猫を引っ張り出して殺すみたいなことも平気でやってしまう可能性はあるんだろうけど、とりあえず、可憐な少女が目の前にいるとして、彼女はうんこと発音する。発音されたラグビー部の主将もうんこと発音する。そして二人に恋が芽生える。うんこで芽生えた恋だ。こうんと言う人も中にはいると思う。こうんの場合でも意味は同じで、キュートさの構成要素もたいして違いはない。んこうと言う人もごくまれにいると思う。中にはうこんという人も。でも、この最後のうこんはあの二日酔い防止だかのときのために飲むウコンと混同されることがある。
「俺さ、酒飲むときにはいっつもうこん飲むことにしてんだよ」
 広告マンYに言われて同僚Kは答える。
「オレも飲んでるよ、うこん」
「あれ、苦えよな」
「あれは確かに苦い。口いっぱいに広がる」
 うこんという言葉は同じでも、二人は別々のものを飲んでるわけだ。どっちがどうなのかおれにも判断がつかない。
 好きな言葉とあたしどっちを取るのと女に言われたら、おれはもちろん、寿司の出前でも取って、とりあえず話そうじゃないかと言うと思う。好きな言葉とあたしどっち取るのって言われたことはまだない。言われないようにしてる部分はある。例えば、おれの世界でいちばん好きな言葉がうんこだとして、女がうんことあたしどっち取るのって言ってきたら、まあ、さっきも言ったように寿司の出前でも取って、少し考え込んでから、こんな答えを導くと思う。
「そうだな。おれはうんこって発音するおまえを取る」
 まあ、おまえしかいないって言う意味の婉曲表現、一石二鳥のセリフってことだよな。照れ屋だから、おれ。その場をうまくおさめてくれるかどうか、そのときになってみないとわからないけど、いい線いってるとおれは思う。
 好きな言葉って考えたこともない。正直、今も考えてるわけじゃない。止まらない鳩の首の動きを見てるだけだ。好きな言葉を支えにして生きていくのも人間だし、言葉のないところで生きていくのが好きな人もいる。どっちがいいのかおれにはわからないし、どっちか決めることでもないんだろう。
 最後におれの友人の好きな言葉を紹介する。彼は青森で消費者金融の仕事をしている。2m近いのにそんなふうに見えたことが一度もない男だ。もしかすると奥行きが2mぐらいあったのかもしれない。
 彼の好きな言葉は少し長いが、こうだ。
「私は焼肉する。最後の一滴まで残さず、焼肉する。一生懸命、焼肉する。含み笑いでも焼肉する。ズボンのチャックを開けたまま、それは社会の窓として栄光の位置を付され、私は焼肉する。中卒が憧れの高校の校歌をうたいながら、焼肉するのに似て」
 当然ながら、この言葉は焼肉屋と無縁の者からなされたものだ。彼が焼肉好きという情報はとくに伝わってきてない。伝わってきてるのは、彼が吉川晃司のことがすごく好きだということだけだ。
 由来もわからないし、こんな言葉を好きになってどうするんだろうとおれは思うけど、好きになったらしょうがないじゃないか。
 今、じゃあ、嫌いな言葉って何だよって疑問が湧いてきたけど、ここでうんこがおれの腹の中のマントルを刺激し外に出てうんこになりたがってる。なのでトイレへ。ってまるで四回戦ボーイの落語家みたいなオチ。ルパン。










散文(批評随筆小説等) 早めに起きて花に水をやる Copyright カンチェルスキス 2004-03-05 17:26:54
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