主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。
とうどうせいら

あれは忘れもしない
一年前の8月6日
仕事を終えて
家に帰ると
あなたは待っていた

フリルのお母さんエプロンを
ひらひらさせて

おかえりなさい
待ってたよ
ばんごはんの支度が
できてるよ

長い舌をちろちろ出して
オオアリクイが
キッチンから出てきたの

すぐに

ごめんなさい
シンガポールと
間違えてしまいました


きびすを返して
玄関に戻って
帰ろうとすると

玄関には
彼の靴と
わたしの靴が
ちゃんと並んでて
そこはわたしの家だった

いつもご苦労だから
ぼくが
ごはんを作りに来たんだ

オオアリクイは
わたしが持ってきた
スーパーの袋をとって
わたしのかわりに
手際よく
冷蔵庫に牛乳を
棚に明日のパンを
移し変えてくれて
椅子をひいて
蘭を飾った食卓へ
座らせてくれた

やさしくされるのって
久しぶりだわ

オオアリクイが煮込んだらしき
カレーは
きりりと辛いけど
なぜかまろやか

君が
一番好きなもので
作ったんだよ

こうばしいチャパティを
わたしのために
ちぎってくれながら言う

ベッドから
引き摺り下ろすのに
ちょっと骨が折れたけど
いいだしが取れたと
思う

……だし?

そういえば
彼は
どうしたんだろう

口にあったものを
思わず飲んでしまう

あわてて
寝室へ行くと

彼が朝着ていたはずの
黄色のワイシャツと
ピンクのネクタイと
青のパンツが
きちんと
折り目正しく畳んで
ベッドの上に乗っていた

彼が
カレーになっちゃった

わたしは叫んだ

泣くんじゃない!

オオアリクイは
わたしをぶった

食物連鎖 なんだ
みんな
何かを食わなきゃ
生きていけないんだ
悲しいけど
これが世の中の現実なんだ!

そう言って
ひょいとわたしを
かつぎ上げ
足をバタつかせるわたしを
どすんと椅子に座らせる

もうできてしまったものは
しょうがないじゃないか
命に感謝して
最後まで食べよう

わたしは
悲しかったけど
オオアリクイが

君はほんとうはいい子だ

って大きな手で
頭を
くりかえし
くりかえし
くりかえし
なでなで
すると

なんだかわからないけど
そんなもんかもしれない
気が
してきて

オオアリクイが
よそってくれた
二杯目を
受け取ってしまった

もしかしたら
昼間
書類を書いていた
て かもしれないし

ゆうべ
まどろみの中で見た
まるいせなか かもしれないし

一本一本
愛撫したゆびのついた
あのあし かもしれないし

なにを
食べているのか
知らないけど

旨みがじゅわっと
口に広がる
絶妙な味わい

こんな懐かしい味のものを
今までに
食べたことがあったかなあ

もう
喧嘩もしない
どこへも行かない
他の女の人達とお話もしない
仕事の時間がすれ違って
お互いの寝顔だけ
見るような日々も来ない

あなたがわたしに気づかず
振り返ってくれない時
すこしだけ遠い存在に
なってしまったような気が
してたけど

カレーになって
わたしのお腹に
きちんと入ってるから

もうそんなこと
なんにも考えなくていい

ひとつも心配しなくていい

大好きなあのひと

わたし
おいしいと思ってしまったよ

ごめんね

しゃくりあげながら
食べていると

君は悪くない

ってオオアリクイが
また
なでなでする

大きなカギ爪があるのに
なでる時は
爪が
わたしにあたらないのは

どうしてなんだろう


あれから
一年経ちました

ただいま

仕事を終えて
家に帰ると
オオアリクイが待っていて
わたしは
彼のばんごはんに
舌鼓を打つ毎日

スパイシーな
南国の味にも
ちょっと慣れてきた

でも時々
たまらなく淋しくて
なんにも手につかなくなる
オオアリクイは
だいじょうぶ? 
って言って
お水を持って来てくれる

水を飲むわたしを
いいこいいこって撫でる

彼は
とってもやさしい


ただ

ゆうべ
一周忌法要をすませて
眠っていたら
体がちくちくして
ぼんやり目をあけた

気がついたら
胸の上に
またがっていて
パジャマの
ボタンとボタンの
間から
長い舌をちろちろと
差し入れて

いろんな場所を
舐めようとした

くすぐったい
暑いよ

って
笑いながら
はらいのけて

わたしは寝てしまったけれど


自由詩 主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。 Copyright とうどうせいら 2006-08-12 18:07:53
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