出来損ないの七十行
岡部淳太郎

      ――Sに



世界は美しいと感嘆する前に
やらなければならないことがあって
誰もがそこへ向かって走っている
完璧なソネットなど書けやしないから
俺の言葉はいつだって
掘り出されたばかりの岩石のようにぶざまだ
ああ 出来損ないの恋情よ
役立たずの心よ
おまえは俺をどこまで深く落とそうとするのか
また今日も雨が来て
その後曇になって
俺は君について何ひとつ確かめられないまま
眠りながら家路へと急ぐ
急がなければ
明日君に会うことは出来ないかのように
そして今夜もまた俺は
飛礫のように少しずつしか言葉を
産み落とすことが出来ず
それらのひとつひとつは
見事にぶざまなままなのだ
愚かな一行をまたつぎの
愚かな一行につなげて
俺はまたしても自らに嘘をつく
飛んでいけ 空中都市
俺の言うことを信用するな
風の間に漂うのはさぞかし気楽だろうが
風だってただ吹いているだけの身分ではないだろう
誰かが君のことを噂し
ついでに俺のことも噂にするかもしれないが
そんな未来は風車の回転で削り取られる
日々の思い出にくれてやる
世界は醜いと立ちすくむ前に
やらなければならないことがあるのだ
俺は一秒ごとにそこに向かおうとしているのだ
君は朝の花であり
昼の花であり
そして ああ!
夜の花でもあるだろう
俺はそのすべてを知っているわけではないが
すべてを知る権利を持つわけでもないのだが
君に近づくための足だけは持っているのだ
それを使用するかどうかはまた別の問題だが
そのうち時は鍋のように煮立つかもしれぬ
やけに水くさいと思ったら
俺の観念が脇腹からぽたぽたと
ぶつぶつつぶやきながら滴り落ちていた
だからこれは君のせいではなく
すべて俺の責任に帰せられるものだろう
飛んでいけ 空中都市
俺の言うことを信じすぎてはいけない
俺などどうせただのぶざまな
増殖する詩行の肉塊に過ぎないのだ
またしてもこんなふうに
大事な詩行を無駄遣いしてしまった
時間と同じで詩の一行は貴重なのだが
俺は時々それを忘れて感情を奔出させてしまう
だがせめてこの倒壊した建築だらけの都市が
君の心臓の中に無事に着水してくれればと思う
たくさんの言葉を殺め
また置き去りにしてきたその報いとして
俺はこのような咎を負うはめになった
世界は美しいと感嘆する前に
やらなければならないことがあるから
ソネットを五倍に増殖させて
つぎのぶざまな朝を待つのだ
ああ 君に会いたい
君は俺を恐れるかもしれないが
俺は悪魔でもなければ天使でもなく
ただの出来損ないの
よくある古くさい失敗のひとつに過ぎないのだ



(二〇〇六年六月)


未詩・独白 出来損ないの七十行 Copyright 岡部淳太郎 2006-07-17 15:40:55
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