夭折(三篇)
岡部淳太郎

夭折


まだ生きているのか
そんな声が聞こえるのは
夜の 穏やかな枕の中だ
まだ生きている
時代を通過して
場所を通り越して
まだ何とか 生きているのだが

もう生きてはいないのか
君はもうこの場所に
あらゆる場所に
あらゆるこれからの時間に
君はもう 生きてはいないのか

もう生きてはいない者の
かつての声を聞くのは
夜の 涼やかな夢の中か
あるいは記憶の
砕けた石のようなかけらの
すきまの中だけなのか
まだ何とか この手に掴むことが出来る

まだ生きているのか
自らにそうつぶやいてみる
君はもうあらゆる方法でも
生きてはいないのに
まだ僕は 生きている

まだ生きている
君に先を越されたので
僕は夭折を諦める
かつては夏の寝苦しい夜のように
熱く憧れていたのだが
君を通り越してこれからも
まだ生きつづける

もう生きてはいない者よ
君の声を聞くことはもうなく
あらゆる場所で
あらゆるこれからの時間で僕は
まだ何とか 生きているだろう

もう生きてはいない
君の声を
夜の枕の中に聞こうとして
眠れずに
いまもまだ 起きている




夭折


昏い昼
昏い日常
広がる どこまでも広く 広がる
この空でさえ昏いのだから
人の心など
限りのあるその心の中など
どれだけ昏いことだろうか

――太陽は成長を止めたよ
そんな声を聞いた少年は
それは僕だった
――海は涸れ果てたよ
そんな声を聞いた少女は
それは君だった

だが成長しないことが
まっすぐ伸びる望みが絶たれることが
そのまままっすぐ
死へとつながってゆくものなのだろうか

昏い昼
昏い日常
広がる どこまでも広く 広がる
それが人の心であるはずだった
だが ある心は限りあるままで
無明の
いのちの昏さへと沈んでいった

あの声を聞いてしまって
僕も危うくいきそうになった
君は いってしまったけれど
今日も空は
昼間から昏い曇天
恐らくどこかで
誰かが早すぎる死を迎えているのだ




夭折


明け方の羊
果たして君は
本当に眠れていたのだろうか
横になり
眠りに落ちようとする
そうして長い羊たちの乱舞
痛む背中
夜の羊は朝を迎え
頭の中はますます濁ってくる
書こうとして書けずに朝になる
破れた詩人のように
眠れないでいたのではなかったか

だがもう
そんなことを気にする必要はないんだ
君はずっと眠りつづけ
君の頭は眠りこけた羊たちでいっぱいなのだから
羊は若くして殺されるのか
その羊毛のために

いまはこうして毎日
僕が君の後を継いで
眠れない夜を送っている
今日もまた
明け方の羊
殺されるには
僕はまだ若すぎる
君も
本当はまだ
若すぎるはずだったのだが




(二〇〇四年六〜七月)


自由詩 夭折(三篇) Copyright 岡部淳太郎 2006-03-27 21:53:56
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3月26日