黒い船虫
恋月 ぴの

夜の喧騒を引き摺るサイレンが
眠りかけの街に時折響き渡り
僕はマイドキュメントをクリックする

そこは船虫どもの巣窟
座礁したテキストの影そこかしこに
船虫どもが蠢いている

僕はそいつらをピンセットで摘んでは
眺めて見る
いろんな角度から眺めてみる

でも、結局のところ船虫は船虫
蛹にはならない
蝶にはなれない

シジミやアゲハになれば
野原を可憐に舞い
優しげな歌を歌うから
皆に受け入れられ愛されるだろうけど
船虫は船虫
マイドキュメントの闇を這いまわり
陰鬱に訳の判らない歌を歌うから
皆に忌み嫌われてしまう

特に嫌われ者が黒い船虫
虚空に向って「僕たち」と喚いている
(僕たちって誰と誰のことだ)
虚空に向って「僕たちは」と盛んに喚いている
(誰に向って喚いているのか)

僕は船虫どもが大嫌いだ
特に黒い船虫は吐き気がするほど嫌いだ
踏み潰してやりたいほどに嫌いだ

だから、僕は黒い船虫の一匹一匹を
ピンセットで摘んではゴミ箱に放り込み削除する
しかし、次の日の夜になると
黒い船虫は再びマイドキュメントの闇を這いまわる

薄汚く這いまわりながら
「僕たち」と喚いている
付属肢を盛んに動かしながら
「僕たちは」と喚いている
喚きながら細胞になろうとする
細胞になって僕の身体に乗り移る気なのか

僕は「僕たち」ではないし
「僕たち」であった記憶もない
これからも「僕たち」になんてなりたくはない
否、決して「僕たち」ではありえないだろう

だから、今夜も黒い船虫をピンセットで摘んでは
ゴミ箱に放り込み削除する


自由詩 黒い船虫 Copyright 恋月 ぴの 2005-08-17 16:51:51
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