大福餅秘話
大覚アキラ

 大学に入って、最初にぼくがやったバイトはレンタルビデオ屋の店員だった。
 映画好きだったぼくは、ビデオ屋のバイトなら好きなだけ映画のビデオが見られると考えたのだ。レンタルビデオといえば、今では一泊二日で一本200円なんてのもあるが、かれこれ15年ほど前のその当時は、一本1000円なんて店がザラにあった時代だ。当時はビデオデッキ自体も今ほど一般には普及しておらず、うちの店は依頼があればビデオデッキ本体のレンタルなんてこともやっていた。

 バイトを初めて2か月ほど経ったある日のこと。開店直後に電話が鳴った。
「おたくは機械のレンタルもやってんの?」
「機械、というとビデオデッキのことでしょうか?」
「あ〜、なんやわからんけど、ビデオ観る機械やがな」
「やってますよ〜」
「ほな、持ってきてくれるか」

 同僚のMに店番を任せて、ぼくはビデオデッキをスクーターの荷台に積んで、電話で聞いた住所に向かった。
 数十分後、重いビデオデッキを抱えたぼくは、マンションの一室のドアの前に立っていた。

 ドアには一枚のプレートが貼り付けられていた。黒地に金色の文字で「関西●●興業」。ドアの上には監視カメラのようなものもついている。
 誰が見ても、普通の家族が暮らしているとは思わないだろう。明らかにヤクザさんの事務所だ。

 ・・・やばいなぁ。
 そう思いながらも、ここまで来て帰るわけにもいかない。店に怒鳴り込んでこられたら、そのほうがやっかいだ。ぼくは意を決して呼び鈴を押した。

 ピンポ〜ン

 やけに間延びしたチャイムの音が場違いな能天気さで響く。

 沈黙。

 突然、ドアが開かれ、若い男が顔を出した。紫色のサマーニットを着たその男は、低い声で「なんや?」と言った。迂闊なことを口にすると刺されかねないような危険な雰囲気にビビりながらも、ビデオデッキの配達に来た旨を伝えると、中から「あ〜、ワシが呼んだんや。入れたってんか」というダミ声が聞こえてきた。

 恐る恐る中に入ると、そこはテレビドラマに出てくる組事務所そのままだった。部屋の中には先ほどの紫色のサマーニットの男の他に、2人の男がいた。
 上半身裸でソファに座っているスキンヘッドの小太り中年、そして窓際の応接セットに腰掛けて競馬新聞を呼んでいるスーツ姿の初老の男。僕を呼んだのは小太りスキンヘッドの方だった。彼は皿に山盛りになった大福餅を頬張り続けている。

「ちゃんとつなげて、ビデオ観れるようにしたってや」
 小太りスキンヘッドの言葉に頷くと、ぼくはビデオデッキとテレビを接続することにひたすら専念した。すぐ後ろでは、紫サマーニットが電話で誰かに怒鳴り散らしている。どうやら借金の返済を催促しているようだ。「しばきまわす」「沈める」「埋める」「売り飛ばす」という穏やかでない言葉ばかりが耳について、もう気が気ではない。

 汗だくになって、なんとか無事に接続を終え、小太りスキンヘッドに伝票を渡す。とりあえず深々と頭を下げて、逃げるように帰ろうとするぼくの背中に、小太りスキンヘッドが「にいちゃん、ちょっと待ちぃな」と声をかけた。
 振り返ったぼくの目の前に差し出されたのは、大福餅の乗った皿だった。

「食べてんか」
 ぼくは甘いものは好きなほうだが、呑気に大福餅を食べて談笑できる状況ではなかったので、適当なことを言ってその場を切りぬけようと考えた。
「すんません、ちょっと、苦手なんすよ・・・」
「ん〜?食べぇな、そない言わんと」
 笑みは浮かべているが、目は笑っていない。
「じゃ、一つだけ、いただきます」
 かなり大ぶりの大福餅だ。必死で飲み込む。味なんてよく分からない。
「・・・ごちそうさまでした」
「まぁまぁ、もう一個食べぇな」
「いえいえ、もう、本当に結構ですから」
「ほぉ?ホンマにもう、食べられへんっちゅうワケやな?」
「いや、その・・・じゃ、あと一個だけ」

 結局、この調子で五個の大福餅を半強制的に食べさせられ、ようやくぼくは解放された。店に戻ると、口をモグモグさせてなにかを食べながら、Mがレンタルの伝票整理をしていた。
「おい、なに食べてるねん?」
 Mはニッコリと微笑んで間抜けな顔で答えた。
「・・・大福」


散文(批評随筆小説等) 大福餅秘話 Copyright 大覚アキラ 2005-07-28 12:44:45
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