窓の外
チアーヌ

マンションの地下11階に住んでいる。
このマンションは地上36階、地下12階建てで、築65年くらいになる。
結構古いけど、僕は特に気にならない。どちらにしても親が買ったもので、古いのは当たり前だ。母が選び、中古で買ったと聞いている。
古いけど、メンテナンスは割合にしっかりしている。だから、部屋の中はいつも快適で、生活に不便を感じるようなことはないし、もしもあったとしてもすぐに修理してもらえるから問題はない。
古い間取りだから、部屋は結構大きい。昔のマンションは地下部分の部屋が大きく取られているのだ。そしてリビングの前面は大きな窓で埋め尽くされていて、外には平和な住宅街の光景が広がっている。窓を開ければ風も入るし、スズメの声も聞こえる。電線にはカラスが止まっているし、近くには神社と、それを取り囲む森が見える。カラスは夜になるとそこへ帰っていくのだ。実際には違うけど、一応そういうストーリーができあがっているんだと思う。
マンション中央部のコンピューターに管理された風景は、毎日少しずつ変化していくように合成されている。だからときどき家が建て替えられたり、毎日道を歩く小学生が時を過ぎると高校生になっていたりする。まるで外の世界があるみたいに。まぁでも僕は産まれてからずっとこの風景を見ているので、この風景の映像が自分の「ふるさと」のような気がする。
不思議なのは、出て行くことができないことだ。そこには見えない壁がある。比喩ではなく、ベランダに出て手を伸ばすと、そこには「見えない壁」が実在しているのだ。変な感じだ。でも、目で見ると、脳に働きかける何かがあるみたいで、「壁」があることなんかすぐに忘れてしまい、僕は結構その風景に安らぎを覚えているのだ。
全く、上手くできてる、と思う。

朝起きると、僕はすぐに窓を開ける。涼しい風が吹き込み、僕は深呼吸する。
朝ごはんは、トーストにコーヒー。僕の母は「本当の食べ物」が好きで、わざわざ取り寄せては僕にいろんなものを食べさせてくれた。だから僕は今でも「食べ物」が好きで、今ではほとんどの家から消えてしまったキッチンで食事を作ることがある。もちろん、他のみんなが食べている栄養剤も飲みながらだけれど。
でも、僕の知人たちはみな、僕のことをよほどの物好きと思っているみたいだ。
僕は食事を終えると歯を磨き、身だしなみを整えると仕事に行くことにする。
僕の仕事はマンションを売ることだ。自慢じゃないけど、僕は今の会社ではトップセールスマンで、給料も半端じゃなく高い。でも、その僕が、新しいマンションではなく、こんな旧式の古いマンションに住んでいるなんてだれにも秘密だ。

マンション中央部のエレベーターで僕は地上に上がっていく。地上一階に着き、扉が開くと、そこにはいつもの光景が広がっている。このマンションは旧式だから、エントランス部分がガラス張りで外の風景を見ることができるのだ。
僕は毎日この風景を眺めてから仕事に行くことにしている。
そこには、何もない。
灰色の土と、地上部を埋めるアスファルト。もうこの地上には、植物は育たないし、外の気温は常に45度を越しており動植物が暮らせる環境ではなくなった。雨も降らず水もない。山もなく海もない。でも、僕にとっては生まれたときからこうだったので特にそれは気にならない。
ほとんどの動植物は死に絶えたが、人間が必要な範囲で保護し室内環境を整えて育てているものもある。それらが精製されて食べ物になったりもする。すべてが人の手を通して作られ、自然のものはなくなった。しかし世界は意外に平和だ。ないものを取り合う必要はないし、何もなくなってしまって、全人口が死に絶えた国も珍しくはない。
250年前に学者は言ったそうだ。
「地球は寿命が来て死んでしまった。しかしわたしたちは生きていかなければならない。」
その言葉を、最初は誰も信じようとしなかった。けれど、50年が経ち、100年経つうちに、それは当たり前の事実となった。地球は死んだのだ。もう何もここでは育たない。
母は変わった人で、昔の絵や本を読み、昔を懐かしがっていた。地下のマンションの窓の外の映像に一番こだわっていたのは母だ。父は、母の気持ちはわからなかったようだ。でも、母の好きにさせていた。その父も年を取りセンターへ送られた。母も去年センターへ行った。
父は老人性の痴呆症にかかり、センターへ行くことになった。送っていったのは母だ。センターでは再生が行われる。父は今どこにいるのだろうか。母も、年を取ってしまった体を嘆き、僕のセールスマンとしての成功を見て思い残すことは無いと言い、自分からセンターへ行ってしまった。母も今頃はどこかで再生しているのだろう。
僕もいつかはセンターに行くのだろう。その前にできれば結婚し子供も欲しいが、なかなかセットの空きがないのが困った。それに、僕はこの古いマンションに住み続けたいし、条件に合う家族が見つかるかどうかは難しい。

僕は外の風景を眺めた後、マンション一階のターミナルからエアトレインに乗って会社に向かう。今日は契約に持ち込めそうな客がいるのだ。僕は彼の気をそらすことなく上手く事を運ぶことができるだろう。
エアトレインの窓の外には海が見えた。あれ、昨日は山だったのにな、と思った。



散文(批評随筆小説等) 窓の外 Copyright チアーヌ 2005-06-23 12:44:39
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