詩情は畏まって座っていたりしない
ホロウ・シカエルボク


乱雑な狂騒の中で何とかかたちになろうともがいているいくつかのものたち、崩れ落ち翻る一瞬の、つむじ風のような思考がそこら中に牙を立てようとして頭蓋の内側は引っかき傷だらけだ、まるで土葬された人間が土中で生き返って棺桶から出ようと爪を立てるみたいに…そうだ、それはもしかしたら一度死んだ感情の再構成なのかもしれない、それが宿命的な蘇生なのか人工的な蘇生なのかというところまではわからない、どちらでもあると言えるのかもしれない、今日は何日だっけ?カレンダーを吊るす習慣の無いこの部屋では頻繁にそれがわからなくなる、携帯を見ればすぐにわかるのだけど、日付を知りたいときにあまりそれを覗くことはない、日時は頻繁に確認する癖にね…現実はこの世で一番曖昧な感覚だ、それはつまりただあるだけのものだからだ、誰のどんな意志もそこには存在しない、ただそこにあって淡々と動いていくだけのものだからだ、そういうものはだいたい疑わしくなるものだ、俺は人間だから―何かしら感じるものによって行動を起こす生きものだからだ、そうだよね?だから俺は常に現実を疑っているし、その中に居ない、そこに並走するような感覚で毎日を生きている、俺の体内では常に狂気や正気や詩情が渦を巻いているし、また俺の興味もほぼそこにしかない、現実という現象に俺は価値を感じないのだ、それは便宜的にそこにあるものに過ぎないからだ、それは俺の…動機や理由とは決してリンクしない、とても近い場所にありながら、絶対に交わらないと確信出来るほど完璧にかけ離れている、けれど、それを全面的に受け入れることに喜びを感じる人間も大勢居る、彼らは俺のように生きてはいないから、何か確固たる価値観が必要になるのだろう、わかりやすく、共用しやすく、受け入れることにもあまり抵抗がない、そんな価値観、シートベルトみたいなものだ、きっと、彼らには詩情が無いからなんだよ―詩情って早い話、オリジナリティみたいなものなんだ、例えばそれが俺が書いたものなら、俺のことを知っている連中にはすぐにわかるだろ、俺の書き方は俺にしか出来ないものだからね、詩を利用する…まあ俺もある意味でそういうことをしている人間のひとりだけど、詩のかたちをとってただ自分の言いたいことを垂れ流してるだけのやつって居るだろ、きっと、ああいうやつらにしたら詩はメッセージであるとか、パンク的なものであるとか、そういうものなんだろうね、でも俺はそういうのを見ると首を傾げちゃうんだよな、詩はそもそも主張の為のツールじゃない、少なくとも俺はそう思うよ、まあ、そりゃ感じ方は自由だけど、そういうことすんなら青春メッセージにでも行けばいいんじゃないかな、そんな軽口を叩いている間にも、俺の脳味噌は甲虫が動くみたいなノイズを立てている、白状するけど、昔はそれが怖かった、そいつが俺を殺すんじゃないか、内側から食い破るんじゃないかという気がしてた、そいつから逃げるために生きていた時もあった、本当に生きるのが楽になったのは、そいつを心から受け入れた時だった、それが俺自身が生み出しているノイズだと気が付いた瞬間からだったのだ、俺は俺自身から逃げようともがいていたのだ、自分自身の本質のようなものが、俺は怖ろしくて仕方が無かったのだ、気付いてからは次第に、そいつに向き合うことが面白くなっていった、面白くないはずがない、俺は夢中になった、恐怖だったものの内側に隠れていたものに―なにもかも燃え上がるような夏に、光の届かない場所に居るような冷たさを感じている、詩は熱だろうか?それとも氷だろうか?夢中で言葉を並べている時に、それがわからなくなることがたまにある、でもそれをどちらかに決めようとは思わない、視点が冷たいのかもしれない、でもそれによって得た結果を狂ったように並べている瞬間にはそれは熱だ、すべてがある、その過程の中に、俺の氷点下から沸点までのすべてが、きっとそれが俺が書こうとしていることなのだろう、だからどちらでもいい、俺はどんな温度の最中だってそれを言葉にすることが出来る、余計なこだわりで生まれる筈のものを殺してはならない、その瞬間最も正直なものを吐き出すには余計な意図など含まれてはならない、リラックスして、飛来するものだけを書きつけるんだ、それが俺の考える詩情だ、もう一度言うよ、詩は自己主張の為のツールではない、詩情というものがそこには含まれていなければならない、不純物を差し出すのはよせよ、俺はそんなものに何の興味も無い、これは現象の記録の仕方なんだ、現象の中に詩情を読み取るために俺は生きている、言葉を使って情景を写し取っているんだ、頭蓋の内側で何かが暴れている、人は有限だから夢中で生きる、なんていう言い回しがある、俺はそうは思わない、永遠の命が欲しいと思う時があるよ、今追いかけているこれを、どこまで突き詰めることが出来るだろうって、このまま例えば200歳になるまで書き続けたらどんなものが出来るのだろうって―そいつは夢物語だって?さあ、どうだろうな、そこまではいかないにしても、そういう願望がある以上、少しは長生き出来るんじゃないかって俺は思っているんだけどね。



自由詩 詩情は畏まって座っていたりしない Copyright ホロウ・シカエルボク 2025-07-24 21:56:33
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