防げなかった加害についておもうこと
白糸雅樹

2005/05/19の朝日新聞夕刊社会面(東京第4版でp.15)にこんな記事が並んでいた。

・再犯招く心に迫る
・4歳児 虐待され死亡

 上の記事は、6月から性犯罪前歴者の出所情報を法務省が警察に提供するという第1面の報道に関連した記事。下の記事は見出しどおり。

 性犯罪者に関する記事では、繰り返し児童相手の性犯罪を繰り返してきたというある男(34才)の例を取り上げ、彼の性犯罪と、更正への取り組みが報じられている。

 それによれば、昨秋、名古屋地裁での被告人質問への返事では、性目的の暴行の数が120くらい、初めての犯行が、中学3年の時。少年院などで性犯罪対象の講義を受け、性犯罪被害者が語っている本にも目を通して、『退院・出所のたび「自己抑制の自信を抱いて社会復帰した」。しかし、翌朝に小学生を襲ったこともある。理由について、「何回も聞かれてきたが、わからない」と話す。』(『』内は新聞記事より引用)

 そして、更正にむけて、『常習性の原因』と『更正の可能性』についての鑑定の為に語られたことのなかに、『幼いころに父親が家を出た。母はスナックで働き始めた。面倒をみてくれた祖母が母と衝突して出て行き、母は別の男性と同居を始めた。小学校ででは上級生から暴行され、中学生ほどの男の子に下半身を触らされたこともあった……。』という。

 鑑定した教授のアドバイスで、『今年2月、拘置所から母親に手紙を送った。/ 〈祖母とのけんかを見るのがつらかった〉〈同居男性が「弟の方が明るくて好きだ」と言うのを聞かないふりをした〉/ 母親から返事がきた。〈そんな風に思っていたなんて〉〈申し訳ない気持ちでいっぱい〉/ 男は返信を読んだ心境を教授に送った。〈涙が止まりませんでした〉/ 「抑圧してきた感情を初めて伝えた。更正に向けた第一歩」と長谷川教授は話す。』 とのこと。

 もうひとつの記事、虐待死についての報道は、4歳児が継父に床に投げつけられて死亡した、というものだが、記事によると、児童相談所は、それまでも虐待があったということを既に知っており、まさに事件があった、相談所員が家庭訪問したばかりだという。記事に載っている事柄を時系列に沿って表にすれば、

3月    被害児童が両親と同居開始(それまで乳児施設にいた。)
4月25日 保育園から児童相談所に「ほおにあざができている」と通告。
      児童は「おかあさんがやった」と話した。
5月11日 児童相談所の職員が保育園で母親と面会。
5月16日 保育園職員が児童の顔にあざがあるのを見る。
      児童は「パパがやった」と話した。
5月17日午後1時半 相談所職員が家庭訪問。母親が虐待を認める。
           相談所職員が、子どもを一時施設に預けることをすすめ、
           父親との面会を申し入れて帰宅。
  同日午後11時半 事件発生。父親が被害児童を床に投げつける。
                        (との容疑で現在調べ中)
 19日午前0時すぎ 児童死亡。


 この二つの報道が並んでいたのは偶然だが、併せて読むとき、やりきれなくなる。虐待死の事件では、児童相談所も保育園も、虐待があったこと、それがおそらく父親母親両方によるものだと知っており、対策として家庭訪問や、一時子どもを両親の手から離すことが必要との判断もしていた。

 だけど誰も事件が起こるのを防げなかった。危険だ、ということは知っていても。

 今年6月から性犯罪者の出所情報が警察に提供されるというが、性犯罪前歴者の居場所を誰かが把握しているということで、本当に再犯が防げるのか? ほんとうに?

 虐待が継続している家庭の存在もその危険性も把握されながら、虐待死の事件は防げなかったのに。

 性犯罪者についての記事は、これは性犯罪者すべてにあてはまることではなく、ただ一人の前歴者の例にすぎない。そして、彼の場合でも、彼が受けた性被害や家庭環境が彼に繰り返し犯罪を犯させている、などというのは皮相な読みで、実際にはもっといろいろなものが絡み合っているのだと思う。被害に遭いながら、加害者にならないサヴァイバーは沢山いる。かつて被害者であったということは、加害者であるということを免罪するものではない。しかし、いままで、捕まるリスクが判っていながら犯罪を繰り返し、なぜそうしてしまうのか本人にも判らない、というタイプの加害者が存在する、ことは確かだろう。

 こうした人にとって、自分の個人情報が警察に把握されている、他人から、「自分が性犯罪をおかしかねない人間として他人に常に監視されている」という思いは、はたして抑止効果になるのだろうか?

 むしろ、「いつも自分は疑われている」という思いが、精神的孤立やストレスを助長させ、犯罪をうながしはしないだろうか?

 そういう意味で、この法律は私は悪法だと思っている。

 ならばどうすればよいのか、といえば、それは、この記事で触れられている手がかりだが、性犯罪者を単に裁き刑に処すだけで事たれりとせず、個々の犯罪者に対するカウンセリングや個々の犯罪の分析を踏まえて、その犯罪者に合った更正方法を探り、出所後も、単に居場所の把握を警察がするという監視の為にこの法律を使うのではなく、犯罪者が再犯しないための手助けをしつづける態勢をつくるしかないと思う。

 手助けではなく監視、処罰という今のやりかたは、あまりにもずさんだ。ずさんすぎる。

 書きなぐりだが、、、、、怒りをこめて。

                         2005.05.29 白糸雅樹

 朝日新聞のバックナンバーをネットで閲覧することはできないのかな。http://www.asahi.com/


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