ソーニャとニーニャの天獄日記 第一話
アタマナクス
「ニーニャ、おはよう。」
聲がして、瞼をひらくニーニャ。
「瞼をひらくのって楽しいね。」
暖かな漆黒のなか何にも考えていなかったその視界に、切れ目が光りあふれて広がって、七色のプリズムに陰影が固着したとき、そのリズムが物を象った。ハンガーに掛けられたイエロータイダイ柄のロングコートや、ハンバーガーチップスの包装袋が、四つ脚に喜ぶ象の頭が造形されたテーブルが、静かな光彩に高周波のホワイトノイズで優しくマスキングされ影が深く伸びた。このふたりきりの部屋。
「おはよう、首を回すと楽しいんだよ。」
ニーニャは先刻聲を聴いた方角へくるりと首を回す。
「ソーニャだ。」
青白い髪の毛が癖でくるんとしている、発話担当特務処理管の滑らかな墨色で微かに電磁波を放っている片側に縦の紅いラインの入った制服を着た、片膝を立てて座っているソーニャが、水色の大きな渡り鳥が光速で通り過ぎるように視界に入った。ふたりは笑った。
「生きてるうちが花なのよ。」
ニーニャが歌う。
「死んでく命はなんという?」
ソーニャも歌う。
ふたりは歌う。
「光りの彼方でふふふのふ。」
ふたりは咲き誇るタンポポが綿毛になるまで笑ってから、永劫を棄却するように同時に息をつき、眼を閉じた。ふたりは部屋から消えた。