オリオン航海誌(3)
嘉野千尋
*スピカのトランク
スピカの青いトランクの中には、壊れた物がたくさん入っている。
それは三時半を指したまま止まっている古い置き時計や、
硝子玉の取れてしまったおもちゃの指環などである。
捨てるに捨てられないそういった品の中に、
その人形は混じっていた。
「スピカ、その人形をどうするんだい」
埃を被ったシルクハットの人形を片手に座り込んだままのスピカに、
オリオンは首を傾げながら問いかけた。
「さすがに君も人形遊びをする年頃ではないだろう」
人形をぼんやり見つめたままのスピカは、ぽつりと呟いた。
「みんないずれあるべき場所へ行くんだよね」
トランクの片隅に、ひびの入ったビー玉がいくつか転がっている。
赤、緑、薄青、透明・・・スピカは右手に人形を、
そして左手にビー玉を持って唐突に立ち上がった。
「これは君に、オリオン。それから僕は少し出かけてくるよ」
ひびの入った薄青のビー玉をオリオンに手渡すと、
スピカはシルクハットの人形を片手に部屋を出て行った。
オリオンはしばらく扉を見つめていたが、
窓辺に歩み寄って陽の光にビー玉を透かしてみた。
硝子の中に閉じ込められた気泡と、細かなひびに光が当たって
虹色の光が煌めいて見える。
オリオンは小さく笑って、それからビー玉をポケットに納めた。