鏡像(12)「えええ……。」
リリー

 「今朝の朝礼の申し送りで、Kさんがまた、夜中に
  Tさんのベット部屋から出てきたやろ。」
 「この間、Eさんとこ行ってたんと違うの?」
 「掛け持ちしてるんちゃうか?」
 「八十歳やで!…。けど、本人分かってないからなぁ。」
 旧館の寮母室では昼休憩時にヒソヒソ 
 Kさんの話題

 「あだっちゃん、夜中の廊下でまだKさんと合ったこと無いんやな。」
 大食堂で食事介助の当番だったので遅い昼食を摂り始めた私に
 いきなり話は振られる
 「この間、Tさんの部屋のドア開いてて覗いて声掛けたら、
  Kさんがベットから降りて帰って行ったわ。」
 「えええ……。」
 思わず お弁当の箸が止まる

 月に二度、木曜日の午後になると
 大食堂で喫茶サロンが開かれる
 八十代で認知症の男性、通称「欽ちゃん」の座るテーブルへ
 集結する女性陣
 欽ちゃんにモテているという認識は全く無い様子
 何とも言えない、穏やかで小さな男の子の様な表情が人気の的
 彼にニコニコ照れ笑いされると
 これがまた 母性本能を擽るのだ

 この微笑ましい情景を眺める私へ
 歩み寄って来たのは
 新館の一階を担当している四歳年上の先輩
 「あだちぃ、あそこのテーブルがな、ヤバい状態なんやで。」
 別のフロアの一角へ私の目を向けさせる
 集っているのは、何事も無く朗らかに見える
 一般棟の二階に住まう自立入居者達で主に七十代の男女数名 
 「ヤバいんですか?」
 「うん。分からへんやろ。××さんと✴︎✴︎さんと⚪︎⚪︎さんが、
  Dさんをめぐって絡れまくってるんやわ。もっとあるけど、
  それしか言えん。」
 「えええ……。」

 夕刻時、寮母室から更衣室へ引き上げようとする私に
 チーママが声を掛ける
 「お疲れさん!あだっちゃん、悪いなぁ、明日からFさんの
  オムツ交換もしてくれへんか?」
 「どうしたんですか?」
 「Fさんが注意してもな、ミズノちゃんの体、触るんやて。」
 「えええ……。分かりました。」

 高齢者の性とは…
 一筋縄ではいかない問題のように感じとれるのだ
 


自由詩 鏡像(12)「えええ……。」 Copyright リリー 2024-03-09 14:39:46
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