脅迫者(2009)
中田満帆




 どうもよく
 その景色が
 現れててこない窓
 がある──まるで普通の慣らされた区域
 そのはじめにはいつも
 うそが長椅子を充たして
 大いなる眠り The Big sleep
 を特製品に
 飾り
 立てている
 二十三のみぎり
 そこでおれ
 はそいつの顔を
 じつと見ていたっけ?
 でかい顔に麻呂
 というひびきの眉毛 
  どうしてあんな剃りかた
   をやつはしてしまったのか
    考えてやまないおれは雨だつた
     それに袖口もはずされたままじゃないか
       まるで失礼を着ていたふるきゃすとの
        亡霊の営業man できの悪い
         脅迫者のようだった
          おれは以前にもここに
           来たことがあった
            そうmicrophoneに告げる舞台役者

 あれはさらに数ヶ月
 もさらにまえのたわごとだったな?
 わずか一日のみで使い棄てなあるばいと
 のためにおれは神鉄岡場駅で集合を待っていた
 朝の急ぎすぎて一匹の犬を轢き殺す
 ような時間でいくら待っていても
 だれも来てはくれなかった
 〈もしもし、だれも来ないのだが──〉
 〈あせらずに待っていてくださいね?〉
 公衆電話の通話はいつも明るいみどり
 色をしているよな?
 〈まだだれも現れない、本当におれ以外にもいるのか?〉
 〈いま確かめているところです、じゃまをしないでくださいね?〉
 どうしてこのようなたくうらみが
   おれのうちに成立して羞ぢようともしないのかな?
      たれぞ教え賜わりたまえだ

 苦しみ
 を与えてくるのは
 いつも同じやつとは
 決まつてはいない
 のだった。
 〈このままでは仕事に遅れる、おれに真実をよこしやがれ〉
 〈それがぼくちんにはなにも告示されゐなせんみ?──ばぶう〉
 おれの眼は停留場
 に輝いているたわけども
 のおもざしから
 殴打されてやまない路面
 にすぎなかった
 黒いtaxiのごきぶりどもが
 与えられない栄養に気を狂わせ
 町を穢れさせている
 いったいこの
 現実でなにが得をしているのだろう
 〈ではおれがけう向かふことになつてゐる幕を伝へよ〉
 〈むめ? そは規定によつて禁止されてまちてね?〉
 次から次へとひりだされる事実
 は鼻が落ちてしまうほど臭気を放つ
   はなといって思い出されるの
    はくそみたいなはなめがね
     をその顔に赦していたまちばら
      という痴れもの──だ
       やつはいったいなにを学んだつもりの
        人間もどきなのだろうか
         支店長のくせに
          ひとつの定理も
           共産主義もdemocracyも
            ロサンゼルス分類も
             Erik Satieの家具たる音楽も
              考えの刷新もわからない
               保育園べんきのくそがき
               でいじめの好きな
                優等生うんちだね?

 おれは言の葉に朝露のバス
 を見送り起立していく
 焦りについて
 両の眼を展きはじめていた
 どこかにかならずおれのゆくべき
 仕事が匿われているのだ
 〈もう始業の十五分前だ、速やかに室に招きいれ、書割を組みあげよ〉
 〈むへ?──こちらは三宮でんよ、地図を見ても案内できまむすよむ?〉
 おれの怒りの沸点が冬の雪
 降る町へ移り棲み
 色がらすの電話室を殴
 る。その音の予告ぽすたあを
 おもざしに巻きつけながら
 再度なる通話の路次へ駈けだしていた
 〈いつたいおれが遅るるにだれがその身を刻みてはpaybackへと代へるものなや〉
 〈甘へないでくだちいね、すべてあなたの起点でんよまん?〉
 おれの日本語がでたらめのInterstateを走る
 阪神物流センターをやけくそになって
 おれは原動機付自転車にまたがり
 見当違いの道やひとにぶっつきながら
 回転式のないふへ変身してしまう
 どこを斬っても正解はない
 さらにもう一度ダイヤルを押し込んだ
   〈Hey, looney! You listen to the words that I speak now!〉
   〈こちらはいそがしいのでちよ?〉
   〈わずかにて勤むるところゐどころをわがに示すになに迷わんや?〉
   〈へかたりもへんね、黒猫兵庫ベースから第三公園の手前んも?〉
   手前とはどれくらいの距離で
   そもそも公園が見えなかった
   おれは兵庫ベースのまわりをぐるぐる回ってみた──
   オオデリクツ西宮物流センタ?──
   〈まさかここか?〉
   〈み? おお・えす・えすはそこの下請でいみ? 当然ながら?〉
   おれのも求めるものがどこ
   にもないことをここに悟つた
 自らをなぐさめながら戸口へたつ
 払われてしまうのが落ちだったが
 のちに苦情するための正当性を得たいがために
 愚かしく声をかけた
 〈あの、──今日一日勤める、ふるきやすとの、──〉
 〈あら、遅いのね?〉
 その言下中年女にうながされておれは階しをあがった
 冷たくさえた音のなかに死んでいくようなおれを見つけ
 たまらいものがあつた
 かれは金銭や財を欲しがらない、
 はずかしめを好む脅迫者のひとりだった
 いやみな目線に耐え忍び
 またくり返すもの──怒りとはぢ
 かれらはいつも大口をあけて
 おれを待っているのさ
 
  その翌日、いまはなき
  さんだ支店へいけば
  冴えないみずからを飾るのにへとへとで
  仕事などうわの空な若い男が鼻声
  でばかをいう
  〈どうして遅れたんですか? 岡場駅から連絡されてますが?〉
  〈だれも来なかつたし、行き先も知らされていないからな〉    
  〈めめ? まあ調べておきますので給金は今回減らしますね?〉 
  〈頼むよ、くそつたれ〉
  回答は帰ってこないのを
  おれはわかっていた
  しかしそれ以上追跡もしないで
  うちがわにつばきをたれた

 はなしがずいぶんそれてしまったが
 はじまりはそんなところだった
 あの日長期を希望しておれは亡霊まんに連れられてまた
 もその階しをのぼっていった
 脅迫者たちの喜びのなか
 をwestだかeastとかいうふろあ主任
 の色白で剃り跡の青いこと
 笑いたくないおふざけと
 他人へのいたぶりやかげぐちの多いこと
 おれの三番目に嫌いなことばかりだった 
 あとのふたりの表情がない中年女、
 そしてひとりだけ齢の同じ
 おれ好みの美人がいたっけ
 
   まだおれには恋人や友人が実在のもので
   それを持てない自身を苛み、笑うこと
   でおのれを保つてきたあほうどり
   愚かしいことにいつか
   それを脱出できると
   思い込んでいた

 おれはばかどもの
 いいようにされていった
 喫煙所の集まりや食堂のなかで
 からかわれ、妙なあだ名をつけられ、
 それに抗うすべを没収されながら
 倉庫のなかの生をやりすごした
 いつも笑顔をおもざしにして
 さまざまな人間にすべてを明け渡した
 それが少なくとも賃金を守るための掟だった
 だからは歯車をかれらに渡し、
 秋から冬にかけての三ヶ月
 おれは作業妨げられても、
 へらへらと笑い、
 じつと伝票の品を
 古い木製ぱれっとへ
 発送場にはいつも莨の
 吸い過ぎなのか小さすぎる男が
 つまらない冗談を飛ばしながらおれ
 という人間から商品を受け取りおれ
 の心を逆なでることばを吐いてきてた
 その子供のような顔が自身でも気づかない
 くらいのかすかかな悪意を滲ませ
 おれを凍りつかせる
 おれは大声ではしやぎまわる
 連中のかつこうの餌に過ぎない
 休息を求めてうろつく黒い犬の一匹
 雪のなか前線によって新しくされる、
 脅迫者たち──やれやれやれだよ
 もう辱めはごめんだ
 おれの顔を笑うな
 おれの言動を笑うな
 おれのださい身なりを笑うな
 おれの声の低さを笑うな
 おれの腰の低さをわらうな
 一度でもいい、自分を軽蔑してみろ

  裂け目はいつだって
  その進入がはやい
  かの女が──齢の同じ好み
  の女の子がもうじき
  やめるという声を残業のなかで聞いた
  おれのツっかえ棒
  がいなくなつてしまう!
  おれは有り金をみどりのジヨニーウオーカー
  にして電気のない(アンプを千円で売つた)
  中華産のストラトキヤスターをかき毟った
  なまぬるい感傷のしたたりはしかし
  どうにもなくならなかった
  かの女のかおはもうおれのうちに見えない
  気の狂った馬みせて貨物車両は積荷を充たして去っていった
  それをおれは二階の便所から聴く
  窓の下では運陸会社の社員たちが
  夕ぐれの訓示を垂れていた
  まるで日蓮宗派のばかどもみたい

 かの女と話すすべはなく
 いつもはかの女との会話を
 楽しい時間を夢想していた
 かの女のいない日には早退するか、酒を呑むか、
 静かに暴れるしかなかったっけ
 魂しいの揺さぶりはいつも腥さく穢れたところから出発
 する。しかしすべてはまやかしの天語どもさ
 〈きようは眠れなかったんだ、まるで〉
 〈ほんとに? わたしも四時まで起きてた〉
 〈ギターを弾いていたよ〉
 〈わたしもギターとベースやつてたよ〉
 そういう浅ましい演技を吐いておれ
 は終わりの点を打つた
 〈来年には本を出すよ。これ入稿の控えさ、よければ〉
 〈ありがとう。またね〉
 おれはもうかの女に会うことはないとわかっていた
 それにかの女が読みもしないことも──

   かの女は金曜日にやめ
   おれは月曜日にくびになった
   おそかれはやく長居は無用だ
   かの女と同じ日に辞めたセンター長の男は
   その長身に魂しいを病んでいたが、
   気品というもののあるひとだった
   おれの顔見ていつも息子に似て
   いるといつてたっけ?
   とにかくおれは脅迫者たちから
   ひとときとはいえ逃げ遂せたのだ
   またすぐにおれを見つけ出すのだが──
   どうもその景色が
   確かに現れてこない窓
   がある。そこに嵌めこまれた室
   眼を凝らしても十分
   でないもののなかでか
   れら群れむれは
    みずからの臭気に気づかず
     弱いものを笑いものにしては
      そのほうけたつらにみがきをかける
       まだならされていない区域でおれ
        は曲がりきつた鼻を直そうとせず、
         冬の悪意に裸を曝している。

  脅迫者たちはあらたにうまれ
  おれの無価値と害悪な存在について笑顔
  を口笛にしているところ
  金はいらないとさ
  まあ早い話、
  自分の呼んだ救急車に轢かれて
  くたばっちまうようなものさ!


自由詩 脅迫者(2009) Copyright 中田満帆 2024-02-29 12:30:05
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