のらねこ物語 其の二十三「おりん」(一)
リリー

 「ねえ、勇さん、どうしたのよぉ?」
 「いや、ちょっと。…わるいね、先に行っててくれないか。」
 三味線屋の勇次が 連れ添う年増りの女の手を握り
 甘い声で答える
 「分かったわ。早くね!」

 舟宿が並ぶ川の お堀へ降りる石段に腰掛けてうずくまる 
 おりんを見付けたのだった
 そばへ寄ってみると両腕に顔を埋め
 泣いているのだ

 「あれ、近江屋さんとこの、おりんちゃんじゃないのかい。」
 顔を上げ 振り返るおりん
 「やっぱり。どうしたんだい?もうじき夕七ツだよ。」

 「いけない!早く戻らなきゃっ。」
 脇にあった布に包まれる荷を掴み 立ち上がるおりん
 おきぬさんのお使いの帰りだったのだ

 「何か…心配ごとでも、あるのかい?俺で良かったら
  話だけでも聞くよ。」

 勇次は三味線の制作と販売、皮や糸の張り替えをする傍
 三味線の家庭教師の様な事もやっている
 江戸の湯女で彼の顔を知らない者はいないほどの
 美形であった

 翌日、未ノ刻(昼八ツ)を過ぎて
 深川神明宮の境内を歩く二人の姿があったのだ


自由詩 のらねこ物語 其の二十三「おりん」(一) Copyright リリー 2024-02-21 12:11:36
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