のらねこ物語 其の二十ニ「お煙草入」
リリー

 「ちょいと、八丁堀、どうしたのさ?」
 表通りにある木戸に立って
 長屋の並ぶ どぶ沿いの路地から出て来た同心へ
 声を掛ける女

 「なんでい、加代か。」
 手製と思しき旗を持って「何でも屋」の売り込み中の加代
 なかなかの美人だが金には がめつい

 浮かない顔する中村主水はボヤき始める

  昨晩、彦二んとこによ、泥棒が入りやがった。
  この辺りの家に入っても盗むもんなんかあるわけねえのに。
  マヌケな奴だぜ。泥棒の野郎、寝ている彦二夫婦をゆり起こしてよ、
  「俺は泥棒だが、あんまり貧乏なお前さん達には驚いた。
   かわいそうだから、少し恵んでやろう。」
  銭百文ほど、彦二に手渡したんだとよ。その泥棒が、うっかり
  こいつをよ、忘れて行ったらしいんだ。

 中村主水は、わりと個性的な布製の提げ煙草入れを加代に見せた
 「どうしても、返してやって欲しいって、彦二夫婦に頭下げられてよお…。
  そんなの、俺があずかったって、泥棒が番屋に顔出すわけねえだろ!」

 「へえ!それにしても、この玉飾り見てよ!いい煙草入れねえ。」
 「どうせ、盗んだ物に違いねえ。」

 すると そこへ通りがかり足を止め 近寄って来た 
 粋な小袖に羽織りを引っ掛ける中年の男
 主水の手にする煙草入れをマジマジ眺め 声を上げたのだ
 「あ、これ、この煙草入れ!私のでございますよっ。」
  旅先から江戸へ戻った茶屋で、厠へ立ちました隙に、
  盗まれた物で御座います!

 「なんだって!どうして分かるんだ?」
 「はい。この白翡翠の飾り玉でございますよ。
  それに袋の中を開いて、ご覧になってくださいませ。
  名入りで、甚五郎と縫い込んでございます。」

 「あ、ほんとだなあ!お前んだな!」
 「こんな奇遇な事が、あるんでございますねえ…。」
 頭を下げ、嬉しそうに煙草入れを両手で受け取る左甚五郎

 大切にしていた煙草入れが戻って来たことに 
 すっかり いい気持ちになった甚五郎は材木屋に立ち寄った
 そこで木片を貰い 家に帰ると作業場に篭って
 何やら掘り始めるのだった。

 
  

 注1)白翡翠の飾り玉について。白翡翠はアイスジェダイトとも呼ばれる。
    中国で特に人気が高く、成功を導く石として親しまれている。
 


自由詩 のらねこ物語 其の二十ニ「お煙草入」 Copyright リリー 2024-02-21 05:15:09
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