のらねこ物語 其の十一「男はつらいよ」(三)
リリー

 「何だ、これは。」
 トラの左肩を掴むハチの目にチラッと 
 ずれた小袖の襟元から 見えた刺青
 肩から ずりッと引き下げて

 「桜吹雪の刺青とは洒落てるじゃないか。やっぱり遊び人か。」

 「ちがうわ!彼は硬派よ。」
 「そうさ。ハチさん、俺たちの愛はいつだってプラトニック
  なんだぜ!」

 「そうかい。百歩譲って、それは分かったことにしようじゃないか。」
 そして ハチは落ち着いた口調で話し始める

  雑穀問屋の主人は、遠縁に当たる日本橋小舟町の米問屋に
  利息含め四百両という借金があった。
  この不景気で経営は陥り、返済を迫られた主人は
  期限の延長を願い出る。すると米問屋の若旦那が交渉を
  持ちかけた。
 「それじゃあ、ご主人の愛猫タマを貰い受けましょうかね。
  どうですか?それなら、無利息にしても良いんですよ。」

  よろこんだ主人、しぶしぶタマを手離すことにしたのだった。

 「日本橋なら遠くはないが…。そんな豪商屋敷に貰われたんじゃ、
  もう会えないよなぁ。」

 タマは首輪の鈴をギュッと握り 
 引きちぎると
 「これ、私だと思って大切にして。あんたのこと、忘れないわ。」

 手渡されたトラは
 「俺だって。ずっと、愛してる。タマ…幸せになるんだよ。
  俺の分も、幸せになってくれ。」
 「何言ってるの、あんたが幸せでなきゃ!私、幸せになんかなれないわ!」

 ずずウッ、ずるるぅ

 ヒシっ と抱き合う二人は、
 ムードを壊す音のする方へ顔を向けた
 鼻水啜りながら もらい泣きしているハチ

 「お前、トラっていうのか…。悪い奴じゃないみたいだな。」
 「当たり前だ、そう言ってるだろ!」

 「今度よ、よかったら一杯やろうじゃないか。
  俺の行き付けの赤提灯で。奢るぜ。」

 庭吹き抜ける風
 冷たく 生垣の山茶花はハラハラ
 散り落ちるのだった


自由詩 のらねこ物語 其の十一「男はつらいよ」(三) Copyright リリー 2024-02-16 18:37:35
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