のらねこ物語 其の五「三両のねこ」
リリー
雑穀問屋の土塀の瓦に寄り添う
何やら神妙な顔つきの
ふたり
「あんたって、かわいそうなのね…。」
目尻がスッと伸びて色気のある
白猫 タマ
「そうでもないさ。君に出逢えただけで俺は幸運さ。」
ゴールドな目色にアイラインくっきりの特徴を持つ
体格の良い茶トラ猫 トラ
そうさ、俺は人間なんか信じない。
あれは三年ほど前、
俺は川越宿の茶店の主人に飼われていた。
或る日のこと
茶を飲みながら店主と世間話をしていた旗師が
店の隅で食事中の俺を、舐め回すように見るんだ。
飯まで熱くなりそうだった。
男は、何気ない風を装って食事済ませた俺を抱き寄せる。
「ご亭主の飼い猫がどうも気に入った。三両で是非引き取らせては
くれないか?」
店主が承諾すると、薄く笑う男。
「猫は、皿が変わると餌を食べなくなると聞く。この皿も一緒に
持ってくよ。」
鉢を持ち去ろうとする男を、店主は制し告げた。
「猫は差し上げますが、この鉢は捨て値でも三百両という名品で
ございますから。売るわけにまいりませんなあ。」
「何だ!ご主人、あんた知ってたのか?コレが柿右衛門の逸品だと。
分かっていながら、何でこんな名品で猫に餌やってんだっ?」
苛立たしさを顔に出す男へ主人は言った。
「はい。こうしておりますとね、時々ネコが三両で売れます。」
俺を引き取った旗師は猫好きじゃなく
食事もろくにくれなくて、逃げ出したんだ。
裏庭から走って来た旦那様の愛犬ハチが吠える
「いけない!ハチだわ。あんたのこと、私に付いた悪い虫と思ってるのよ。
また今度ね。」
あれから 二週間過ぎてもタマに逢えない
注)旗師とは、江戸の道具屋(古美術商)。
地方をまわり骨董品を仕入れ江戸で売る。
柿右衛門とは、江戸時代の肥前国(佐賀県)有田の陶芸家、
酒井田柿右衛門。
第五連目から第十二連目までは、落語の演目『猫の皿』から引用連想表記
しました。