永遠に消えてゆく
ホロウ・シカエルボク


蒼い夜に沈んだ
あなたの真意が
しんとした空気に濡れるころ
空にはいくつかの言葉が
亀裂のように浮かぶ
渡り鳥は平衡感覚を忘れ
目当ての星を見失う
それは人の為にあらず
だからこそ
祈りは切なるものとなる

祭壇には切り刻まれた神
滑らかに捌かれた天使たちが
もはや空っぽの目をして
ステンドグラスのギロチンでオブジェと化す
聖歌は逆回転で流れ
蝋燭は一瞬で燃え尽きることでしょう
外はいつしか嵐
巨大な獣の咆哮のような風
機銃掃射のような雨の音
身を低くして
窓を覗いてはなりません
それがどんな夢だろうと
現実にならないという保証はどこにもないのです

引き裂かれるような世界の中
吊り上げられる思い出には傾向があり
わたしは血の涙を流しながら
指が折れんばかりに両手を組み
昔覚えた聖書の言葉を呪詛のように繰り返す
誰に祈るのですか
聖堂の拒絶
パイプオルガンが低い声で唸る
あなたにもしも牙があるなら
わたしの喉笛を掻き切ればよろしいのに

願いなど在るはずもなく
また信仰など
余興程度にも持ち合わせてはいないのに
壁には人いきれが張り付いていく
古い油のように固着した場所からは
獣の肉のような臭いが微かにする
わたしはあなたを罰するでしょうか
あるいはあなたがわたしをそうするでしょうか
問いは山ほども繰り返されるのに
解答が用意されないのは長過ぎた逡巡のせいでしょうか
わたしは薄汚れた剣を構え
雷を望むかのように掲げる
両開きの扉が風に煽られて悲鳴のような音を立てる
ある程度重ねられた人生のあとの
目覚めるという使命には畏怖すら感じたりする

戯れに花を手折る時
その花の名を訊かないでください
枯れてしまうことがわかっているものを
わたしに愛させようとするのはやめてください
激しい雨は胸の内の壁まで濡らす
讃美歌を歌いたいのに
それはわたしの知っている伴奏ではない
鍵盤に触れているのは誰
周囲の人をつかまえてはそう尋ねてみるけれど
みんな興味がないというように首を横に振るばかり
わたしは少し高いところにあるその席を
何とか眺めることが出来ないかと背伸びをするけれど
どんなに頑張ってもつむじすら認めることは出来ない

夜が
夜が
夜が
雨のかたちになって降りてくる
聖堂を飛び出して
その夜に触れようとするけれど
あらゆる扉を施錠したのは誰だろう
オルガンの音色に魅せられてはいけなかったのだ
風、雨、それと雷
撃ち抜かれる
人も、街も、夜も、なにもかも
わたしは自分の血が降り注いでいるような気になって
氷を抱いたかのように冷たい床に膝をつく

幸福は誰が決めた
不幸は誰が決めた
晴天のもと、豪雨のもと
それに似た歌が選ばれてしまうのはどうして
階段を歩いていた数百年前の信者は
膝から絶えず血を流し続けていた
あなたはきっとそういうものを信仰と呼ぶだろう
わたしはしたり顔で指についた血をひとなめする
今夜だってきっと誰かが
都合のいい額縁の中に収まりたがっている
首の無い天使の亡骸は腐敗を始める
わたしはその臭いを嗅ぐことをきっと怖がっている
落雷の衝撃で聖堂は少し揺れる
聖堂の裏には、昔
薔薇を敷き詰めた庭がありました
しかしある日、わたしの叔父が
「臭いが鼻につく」と
すべて燃やしてしまいました
それだけでなく、彼は
そのまま火に巻かれてしまい
あれほど嫌っていた薔薇と共に
真っ黒い灰になりました

わたしはなにも決めない
わたしがさまざまなものごとを思い出すとき
薔薇の棘が食い込んだ脳はじくじくと傷む
いつもそう
記憶に埋もれるときには
激しい雨が降っている
まるで
いつかの火を消してしまおうと躍起になってでもいるかのように
わたしはなにも決めない
雨が降っているだけ
だけど、どうして
金切り声で啼くみたいに降らなければならないのだろう
あの雨の中に出て行けば
わたしは記憶を整理出来るだろうか
そしてあなたはあの椅子に戻って来るだろうか
もやもやと炎のようなかたちに窓が曇っている
もう外でなにが起こっているのかなんてついぞ気にしてはいなかったのに
哀しい思いが胸に爪を立てるのはどうしてなのだろう

わたしは止むことを待っているのか
それともそんなことはどうでもよくて
ただ朝がやってくるのを待っているだけなのか
天井のステンドグラスから誰かがこちらを覗いているように見える
でもそれは低過ぎる黒雲なのかもしれない
オルガンはもう沈黙している
だからもう
そこには誰もいないのだということがわかる
天使たち、ねえ、腐敗してしまうあなたたちは
やはり地獄へ行くのですか
それともなにか、死とは違う理の中で
これまでのすべてをやり直すのですか
人生は、もしかしたら
失われるすべてのために歌われる鎮魂歌なのだ
わたしは使い物にならなくなった箒を持ち上げ
一番近い窓を叩き割る
雨と風が吹き込んで、小さな破片がわたしの頬をかすめる
手のひらで拭うと
絶望的なまでに赤い血液が
「あなたも人間である」

囁いていたのだった



自由詩 永遠に消えてゆく Copyright ホロウ・シカエルボク 2024-01-26 14:58:39
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