まどろみ
レタス

暗く深いトンネルを抜けると
其処は石化した暗い時計の森だった

文字盤の針はみな狂っていて
ぼくの足音だけがサクリ サクリ…と空に消えていく

遠くから
ギリッ ギリッ… とネジを締めるような音が聴こえてきた
足音をなるべく静かに近づいて行くと
其処にはミズナラの巨木時計がそそり立っていた
その根元に扉が開いていて
中で何かがうごめいている
ぼくは歩みを止めず開いた扉をコツコツとノックした

出てきたのは髭をたくわえた紳士だった
多分彼は時計技師だろうと思った
彼は無言でポケットからブライヤーパイプを取り出すと
紫煙をポカリとくゆらせて
「君は何処からやって来たんだい」
「トンネルの向こうからきました…」
「ふむ… どうかね。手伝ってくれないかな?」
「何を手伝えば良いのですか…」
「中に大きなハンドルがあるからそれを締めるだけでいいんだ」
「ワシは時計の針を午前零時に直さなければならん」
「わかりました」
「では頼んだよ」
彼は胸ポケットから絹糸を取り出し文字盤に向かって投げ
スルスルと絹糸をたよりに文字盤へと昇っていった

扉の中はランプが灯り
真鍮製の大きなハンドルがあった
ぼくはハンドルを握りしめ ギリッ ギリッ!と回し 汗だくになった
やがてハンドルはカチリと止まり
精密な歯車たちがゆっくりと回りはじめた
扉の外に出ると彼も地上に降りていた

「さて、そろそろ始めるか…」
彼は懐中時計をみてリューズを押した

ぼ~んっ! ぼ~んっ! と鐘が鳴ると辺りの時計たちが
コチコチと鳴り始め みな午前零時を示している

石化していた森は芽吹き若葉を茂らせていた

「ありがとう。ではワシはあの山の向こうに帰るから気を付けて帰りたまえ」
「はい。大した事ではありませんでしたから」

彼はいつの間にかマントを広げ風に乗って山の方へ飛んで行った

ふと… 気付くと
ぼくは文庫本を開いたままで公園のベンチに寄りかかっていた



自由詩 まどろみ Copyright レタス 2024-01-07 01:17:33
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