ものうい夏 
ただのみきや

夏の飾花

大荷物を咥えて蟻が後じさる
アスファルトの上をたった一匹で
美しい供物
琥珀色に透けた翅
七宝焼きの細いピン留めのような
ミヤマカワトンボの骸を牽いて
小さすぎて読みとれない
ひとつの記号がいま
抗う秒針のように

空は今にも大粒の雨で地を打ち鳴らし
黒く染め上げようと見張っている

一瞬 一瞬
生と死が互いを打ち消して
連綿といのちを紡ぐ
そんな夏の盃を
飲み干せたためしはなく
さらし続ける生き恥を自ら飾ろうと
ひとみに野の花
酒ですすいで
ことばでただれ




仔猫が鈴を転がすように

苦い空 匿って
見果てぬ吐息
翼の折れたあの歌に
沈んだきみの 
ほどいた髪を夜になぞらえ
雨よ匂へと血ぬりの頬に

裏と表の厚みの深さ
ことばの首をすげ変えて
業と囃して
きまり壊して
手毬つくように嘘をつく

白く眩んだ紙の原
きみがこみ上げ語句はなく
浮かぶ仕草は翡翠かさせみ
黄金を裂いて滲ませる
風のいろはに目隠しされた
ふるえるエコーの的となり
臓腑の青もあざやかに
抉り抉られ散り咲いて

草葉の露にぬれながら
にごった朝に見つけられ
謂れを失くした銀の鈴
どうしてここにあるのやら




顔のないアイコン

ことばで組まれた壁の中はうつろ
世界と対峙するためのそれは
いつしか閉ざされた牢獄ともなり

わたしという希薄
あるのやら ないのやら

  *

その瞬間を思い返せば
一枚の被膜のようなもの
限界まで引きばされて
やがて破れて
萎れていった
そう 
思い返すことしかできない
それは嘘を血液としている
水と魚のように
知覚と記憶
時計とまどろみ
剥がれて落ちて離散して
そこかしこに浮かんできらめく
銀箔の欠片たち
唇に指を押し当てて
干しブドウの甘さでしびれさせる
そう
思い返すことしかできない
瞬間は何度でも創作されて
磨かれ続け 
やがて記号化する
彫像の形をした空洞
喪失の鋳型
感じても見出だすことのできない
一つの痛み 鮮烈で顔のないアイコン



               (2023年7月17日)









自由詩 ものうい夏  Copyright ただのみきや 2023-07-17 12:33:58
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