よしやの秘密
うめバア


真新しいマンションが増えてきたこのまちで
わずかに残った古いモノ
ああ、あのぼろっちい空き家ね
頑固に過去にしがみつく
なんとも無様な姿を地域住民にさらしながら
はや数十年が経過した


隣の空き地のペンペン草が
サイカイハツダオマエモハヤクタチサレヨと叫ぶ
コイツガタチサラナイカラ
ドロウカクフクガススマナカッタ
いわれもない噂もあったそうだ
噂の出所たちも、三々五々
アノヨへ行ったりしたけどね

かつてはここいらのがきんちょを相手にしてた
文房具兼駄菓子屋だったのだろう
「よしや」
ひらがなで大きく書かれた看板の
電話番号の桁が足らない
そんな店が
うちの地元にもあった
いつのことだったろう
ノートもスーパー消しゴムも買った
飴やらガムやら、スルメやら
当たった、無くした、ケンカだ、泣くな、ぶったぞ、けったぞ、やりかえせ、ばかやろう、くだらない、それ、なんだ、おとしちゃった、しかたない、そうぞうしい、ぼくじゃない、うそじゃない、ごじだ、もうかえるよ、ほら大事なもんだよ、一円だってね、なくしちゃだめだ、鐘がなったよ、おやどうした、またおいで、送って、送られて、手を振って、やれやれ

ベビーブームから少子化に流れは変わり
10円20円の当たりくじつき駄菓子に寄りつく子どもらも
だんだんと少なくなっていったのか 
なにかと気難しい店主であったか
それとも何かのっぴきならぬ事情があったのか 
体は正直に異変を知らせる
ほんの少しの間の不在のつもり
すぐにまた開けるつもりであったろう、そのまま

置きっぱなしのノートや
帳簿類を掘り出せば
すべてが明白になるだろうか
店主にある日、何が起こり 
なぜ、この店が閉じられたのか

ガキどもは
何度も店の前を通った
いつか10円駄菓子より
魅力的なものにも数多く出会い
反抗期を通り、受験を抜け
なんだかんだと走りすぎ
それでもまだ
明日の開店を
待った

よしやはいつも
あるもんだと

どこかに必ず
理由があり、約束があり
不実で隠された符号を組み合わせ
誰が、何を、紐解くか
そこから、何が出てくるか

五月
ぐるりと囲む木々たちが
秘密は秘密のまま
守るように
寄り添うように
そよそよ 風に ゆれている


自由詩 よしやの秘密 Copyright うめバア 2023-05-10 07:35:36
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