デスマスク
ただのみきや

おまえはおまえから水のようにあふれ出す
素焼きの面を突き破り
涙と笑いの濁流が
古い殻を後にして
新たな肉体を生成する
おまえはほどかれた書物
書かれていたことも書かれなかったことも
風の衝動 支離滅裂
絵具の明かりに溶けてゆく
カーニバルの行進
精霊たちの膨らむ影

  *

走る
色彩は燃えゆらぎ季節に終わりなく
旋風をいくつもくぐり抜けて
久遠の彼方あの中心
出現と消滅の座標なき一点へ
空白に焦点もなく眼差しを預けたまま
自らの影が伸びるままそれを羅針とし
まつろう夢の羊水も乾かぬまま
走る
手足をも投げ捨てて記憶を火花のようにまき散らし
くぐる刹那に口縄のよう
ガラガラ自我を引きずりながら

  *

樹々は女を映している
ぼくはめだまをえぐり出す
陰影の陰と音韻の韻が溶け合っている
影は翻る
響きの中で
概念化を嫌い
あまたのことばと踊りながら
その影に息うもの
だが肌は飢えたまま
星の孤独を知るものよ
眼差しで触れて懐妊せよ

  *

よしなさい
それ以上傾けると悲哀がこぼれてしまうでしょう
つめたい下げ振りひとつ それがきみの信仰です

  *

黄砂が舞う日 ミサイルが飛ぶ日
民は坦々と日常を生きる
燃えさしや氷の塊をこころで包み
運びあぐねて顔にも出さず
ただ影を
己より弱いものを巻き込む航跡のような
荒ぶる影だけを引きずりながら
社会性を信条とする個人主義
絶えず光を意識した
その顔は太陽を運ぶおぼんのよう
ぼくもまたきみらの一人
だけどきみらが大嫌い

 *

では名付けてみよう
臆病者 
猫に恋した震える犬
働く怠け者
飲んだくれの酩酊者
詩的自傷行為にふける者
生を悲観し死を楽観する
眺めるだけの漂流者
他者を背景とし自分のみを観客とし
 己の影と踊る者
鏡に映った真逆の自分に恋をした
 不細工なナルキッソス
変化を求め変化を恐れ
信じる者だが
 信じる自分が信じられない者
快楽を求め
 だが快楽を知らず
創作とは名ばかりの自慰にふける者
飲むほどに乾く泉から離れられなくなった
 巡礼者の成れの果て

  *

樹々の間を遠くから
幼子を抱いた父親が歩いて来る
春にはまだそぐわない花のように
小さな赤い帽子がゆれている
ガラス越しでもないのに
景色はわたしの息を映し
おぼろげで病んでいたが
ふとした歌声がこころの表に皺を残していった
包み紙の中の顔はどんなだろう
生を悲観し死を楽観する
採り残された去年の果実のよう
瞳の奥深くに隠れている
黒い涙形 いっぴきの蝙蝠よ


                    (2023年4月16日)










自由詩 デスマスク Copyright ただのみきや 2023-04-16 10:37:52
notebook Home 戻る  過去 未来