影の居場所
ただのみきや

海は薄く
曇り空
祖父の白目のよう

  *

憂鬱 ぬれたシャツ
窓ガラス 溺れる目
切れた唇から飛び降りた
ことばが膝に刺さって赤く咲いている

クジラがしゃべったみたい
カードはすべて裏返り
象徴ばかりが組体操をしている

時間には穴が開いている
つないだ手が卒塔婆に変わるのを
錬金術と呼んだ
目出度さを薬瓶に詰めて
過去へと流す
「拝啓 未来を堕胎したわたしへ」

  *

まだ死体のような春
濁った光の中を泳ぎ回る
こどもたちの影は
最初からひとつ多かった
その影が夕暮れマナを拾っている
こどもらの顔からあふれこぼれたものを
影の記憶は顔同様黒く塗りつぶされて
ささめきすらなくしていた
あたたまった皮膚の汗のにおいも
すずめたちの影がみな持ち去って
空虚なおのれを持て余しつつ
夜をまとい眠りにつくが
眠りに落ちることはなく
ただ闇に溶けてどこまでも広がって
意識がうすめられるだけ
やがてまた朝が来て
地を這う煙
逃げ去る悪夢のように生成されると
すずめたちが鈴生りで身づくろいする
オンコの木の根元にしがみついては
道を挟んだ向こう側
こどもたちが訪れるのを待っている

  *

石の中の鳥は幻を広げた
火のはごろものように青白く

相克の果て砂へと還り
その砂は旅人のたなごころ
形や音に変えられる

うしろめたい雨が耳の中の風景をそめてゆく
鳥はつめたく燃える

  *

羽根のように軽く
槌のように振り下ろされる
炎の舌よ

鳥 鳥 鳥 さんざめく

おのれの死を転化する
まなざしは
笑いが収まるのを待っている

その肢体が道に化けるのだ
境界に表裏なく立ち
所作は奏でられる
鳥の群れは一斉に飛び立った
眼差しと戒めで縫い留められた
人々の顔や腹から
まだ遠い朝から打ち込まれた銃弾のように

世界の影が
おまえの影が
埋めつくす祭りの夜
はじける人心の獣臭い聖性に
二つの装束はなびいて見分けがつかない

  *

小指から羽化した蝶はメトロノームと戯れる
水盤にはねる笑い よく晴れた影日和



                  (2023年4月9日)








自由詩 影の居場所 Copyright ただのみきや 2023-04-09 14:00:42
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