恋情
ただのみきや

音色から剥がれ落ちた濁りが殻を持つ前に
殺意をなぞる千鳥は瞳に霧を孕む
記憶の上澄みが凍りつく立方体の朝

日陰でふるえながらほほ笑むものがそうだ
やわらかい舌の根元に産み付けられた偽証の卵
いのちのこだま そのしたたかさ強靭さ
今この時この刹那万人のまなざしが摘み採って
たとえすべて手が花弁を模倣したとしても
それは密林の蝶のように日常を覆う
輪郭をほどいて陰影に浮かんだ無数の顔ではなかったか
泡沫を疾駆する馬たちを憂鬱が追いかける
昨日と今日と明日しか思わず己の範疇しか知らず
知らぬことに不安も疑問も持たずひたすらに
求め 憧れながら飢え 満たされないからこそ
一滴の甘露にも溺れてしまう
ああ万華鏡へ身投げするマイナス100℃の花束

蟻たちよ海を渡れ狂おしく渦巻き溺れながら
必ず訪れる静謐の前の叫びとなり
涼し気なかもめたちの涙腺でこだましろ
栓の抜けたこころが異音を放つ時
口いっぱいに広がる告白があふれることはない
手も足もなく飲み下されて酸い
酸いからこそ甘いとろけるほど
脳を噛みしめているただれるほど
無邪気に残酷に水槽いっぱいに育ってしまった
一匹の金魚がそれだ
燃えるような恋の衣装を着た孤独の極みがそれだ

ぎこちないほほ笑みで内から裂けてゆく
没したままの太陽が唇を羨んで
凍った瞼が黒地に青く描き出す柘榴が重い秘密を耳が千切ったまま



                         (2023年2月18日)









自由詩 恋情 Copyright ただのみきや 2023-02-18 19:08:48
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