冬の禁断症状
ただのみきや

鬱蒼

鉈で枝をはらう
雑木林に入口をつくる
入ったからといってなにもない
暗く鬱蒼としたそこに
誰を招くわけでもないが
時おりもの好きな通行人が
ちょっと覗いては去ってゆく
お宝もなければ神秘もない
膨らむ気配だけがある
見定めればなんてことのない
野ねずみ程度のなにか
鉈で枝をはらう
わたしは入口をつくるだけ





ああ雲

あの雲の厚いこと
    厚いこと
山にかかり平野にかかり
海にまでかかる
ただ雪を降らせるだけ
あの茫漠としたふくらみ
つかむこともできず
どかすこともできず
消えるまで待つしかなく
消えたかと思うと
またすぐに湧いてくる
あの厚い雲
軽々と空に浮きながら
ああ重いこと
あの雲のなんと重いこと
焼かれてしまえ
残らず朝日に





古びた詩集

冬の日差しに目をほそめ
水に見つめる空の雲
ふくら雀はさわがしく
垣根を出たり入ったり
はねる光に目を閉じて
頬で尋ねる風の道
裸の蔦が黒々と
死者の記憶を締め付ける
訪ねる者も絶え果てて
門を閉ざしたあの家で
ことばは今も歩きまわり
白く吐息をまとっている





SPACE

ことばは白紙に浮かんでいる
視線に震えて波紋を起こす
ことばの所在は時間とは無関係で
だれからも読まれずに忘れられた時
ことばは白紙深く沈んでしまう
歴史上すべてのことばが沈んでも
白紙は白紙のまま少しも濁らない
ことばもまた非在として在り続け
時おり白い鏡のむこうから声もなく
海に沈んだ船乗りが仲間を誘うよう
白紙はことばに勝る
沈黙が発言を包み込んで窒息させるように
鳥の血の叫びを空が吸いとるように
だが白紙は誘う
白紙以外に人が己を真に吐露する場所はない
他人のこころは白紙ではなく
だれの頭も小賢い殴り書きでいっぱいだ
白紙だけが吸い取ってくれる
全身全霊の身投げも水音すら上げずに
裳裾も乱さずオフィーリアよ
忘却の果てへと流れ往け
堆積すらできない終わりのない深みから
まぼろしの蓮か魔性の顔か
腐乱をもゆるさない時を時としない
つかむものすらないあの虚無で
震えよ 記号 
白い胸乳にすべりおちた羽虫のように





諦念会

食べたことのない珍しいものを見ると
つい食べてみたくもなるが
どうしても食べたくなるのは懐かしい味だ
味覚もずいぶん変わってきて
記憶の中の感情がそれを補正するのだが
このごろは諦めもついて
記憶の味は記憶の中だけで充分になり
食べたことのないものも
想像だけでだいたいわかった気分になれる
こころが老いたのか
いまは酒が役立ってくれる
近いうちそれすらいらなくなるだろう



                  《2022年12月10日》









自由詩 冬の禁断症状 Copyright ただのみきや 2022-12-10 14:23:45
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